Novel/Long

09

「何だよ、エコノミーっつっただろうが。何で住所知ってんだ?何で来た?何で入れた?」
せき込むような問いに、筑紫は簡単なことだ、と笑って答える。
「住所は名前と一緒に調べたに決まってんだろ。来たのは最近優秀な部下が頑張ってくれてて暇だったから。それから鍵は掛かってなかったぞ。物騒な世の中なんだからちゃんと戸締りぐらいはしろよ」
「お前は俺の母ちゃんかよ」
「せめて父ちゃんにしてくれ」
「嫌だ」
筑紫の顔にタオルを投げつけて、箪笥から出したシャツを着る。そろそろ洗濯物が溜まってきた。今日は昼までに掃除と洗濯を済ませなければ…と窓の外を見る瑞樹に、筑紫が不満げな声を上げたが、やはり聞こえなかったことにした。

「おい、俺もう少ししたら出かけるからな」
「デートか?」
「違う。親に顔見せに行くんだよ」
「へえ、愛されてんのな。久野さんってそんなタイプには見えねえけど」
茶の代わりに出した牛乳をあおり、筑紫が呟くように言う。何気ない一言のようだったが、瑞樹にとっては聞き捨てならない言葉が混ざり込んでいたような気がする。
「…おいオッサン」
「オッサンってお前な…」
「アンタ何で久野のこと…」
「ああ、あの人とはちょっとした知り合いでな。お前のことも教えてもらった」
「クッソ、あの馬鹿親父…」
思わず拳を握りしめる瑞樹を窘めるように、肩に筑紫の大きな手が乗る。
「まあ許してやれよ。お前の話してるときな、あの人笑ってたんだぜ?俺初めて見たよ、あの人があんなに優しい顔すんの」
「…あの人が本当に愛してんのは俺じゃない。俺なんて、子供にとってのカードに付いてるウエハースみたいなもんだ」
「……そんなこともないと、俺は思うけどな」

玄関へと足を向ける瑞樹の背。そこに投げかけた声は小さすぎて、筑紫自身からは瑞樹が聞き取れたのかどうかはわからない。ただ、瑞樹の歩みが止まることはなかったし、筑紫にとっても声が届いたかどうかは問題ではない。
「大切なのは、お前が気付くか…それともあの人が一歩踏み出すか…だ。そうだろ、瑞樹」

「…おい、早く出ろ。鍵閉めんぞ」
「はいはい」
のんびりと立ち上がる筑紫を貧乏ゆすりをしながら待つ瑞樹を見て、筑紫が溜息を吐く。
「じゃあな、また夜に会おうぜ」
「ああもう、わかったわかった。じゃあな」
手を上げてアパートの底の抜けそうな鉄の階段へ向かう。…そのすれ違いざま、目の端に映った筑紫の唇が、小さく動いた。

『素直になれよ』と。


 
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