1万&2万hit企画 | ナノ

お酒はほどほどに
珍しいこともあったものだと思う。私はどこか不思議な気持ちで目の前で朗らかに笑う張遼殿を見た。

その視線に気づいているのか、いないのか。彼は飲み干した盃に何杯目か分からぬ酒をなみなみと注いだ。

「張遼殿は飲み過ぎではないですか?」
聞くと彼は唇を「ん」と引き締めた後、すぐに白い歯をこぼした。

「そうであろうか。さほど酔ってはいないつもりだが」
いいや、絶対に酔っている。

ふわふわと現実感のない頭で突っ込むが、よく笑っている以外に彼にその兆候は認められず私は言葉を飲み込んだ。

「なまえ殿の方こそだいぶ酔っているのではないか?」
「そうでしょうか?まだ理性は働いてますが」

云うと張遼殿は再びからからと笑った。まわりへ視線を巡らすとすでに人もまばらになっている。

残っている人たちもまともに起きているのは私と張遼殿くらいのもので、だいたいが机に突っ伏したり酷いと床で芋虫になっていた。

「そろそろ宴もたけなわだな」
「ですねえ。夜も更けてきましたし、私たちもそろそろお開きにします?」

正直ここでおしまいというのはなんとも名残惜しいが、明日のこともある。いつまでも張遼殿を引き止めておくわけにはいかないだろう。

「なまえ殿はもう飲めない、と?」
張遼殿の言葉に私は両眼を何度かしばたかせた。彼の表情と口調は不敵で、まるで挑んでいるようにも見える。

「まさか。まだまだ、いけます」
その態度に私は少々憮然として答える。

売られた喧嘩はただでも買う。それが酒の飲み比べであってもだ。そういうふうに生きてきた。私の返事を聞くと張遼殿は満足げに頷き椅子から立ち上がる。

「ならば場所を移して飲み直すとしよう」
「望むところです」

私も立ち上がり手にしていた盃に残された酒を飲み干した。


    *


「きれいとは言い難いですが、どうぞ」

どこで飲み直すか、という問題に城から近い私の邸にしようという答えを出すまでそう時間は掛からなかった。

灯りの消えた室内に張遼殿を招き入れ、すぐさま蝋燭へと火を灯す。外の空気に触れたせいか、先ほどまでの酔いは幾らか醒めてしまっていた。

さすがにこの時間では使用人も帰っている。私の邸では住み込みの使用人は雇っていない。おおまか自分の身の回りのことは自分でできるし、なにより他人と同じ空間に四六時中一緒にいるというのは気が休まらないのだ。

けれど今日ばかりは住み込みで雇っていないことを少しばかり後悔した。なにしろ迅速に準備をできるほどは素面でないし、気力も沸いてこない。

常備してある酒や乾き物のつまみを引っ張り出しながら、今宵は楽しくなりそうだなと心が浮き立つ。

思えば張遼殿とふたりで酒を酌み交わすなどというのは、長い付き合いの中で初めてのことではないだろうか。彼のことは同じ武人として尊敬しているし、憧れに似た気持ちもある。

先日の戦であげた彼の武功でも肴に、魏国の行く末について語り合うのも悪くない。

「少し冷えますね。なにか羽織られますか」
「いや結構」

張遼殿の向かいの椅子に腰かけながら盃を差し出す。彼はそれを受け取りながら軽く会釈した。

「今宵は月が明るいですね」
格子窓からわずかに見える月を見上げると、張遼殿も同じように目を向ける。

それから彼は眩しそうに目を細めた。酒を一口喉に流し込むと、身体に染み入るようにじんわりと温かさが広がる。

「張遼殿、先の戦のお話を聞かせてはもらえませんか?」
視線を送ると彼は少し驚いてから、頬を緩ませた。

「なまえ殿も素晴らしい働きであったように思うが」
「いえいえ、私の力など微々たるものです。張遼殿のお働きがあってこその勝利だったと言えましょう」

頷きながら云うと、張遼殿はわずかに眉尻を下げてから指先で頬を掻く。

「ならば楽しいものではないだろうが、お話しよう」
その言葉に私は手を叩いて喜んだ。



「どうやったら強くなれるんですかね? 私こう見えても毎日毎晩鍛錬に鍛錬を重ねてるんですよ? 腕っぷしも強くなるように努力してるんです」

握った盃を机の上に勢いよく置きながら云うと、張遼殿は何がおかしいのか唇を歪めた。その仕草にむっとしながら彼の杯へと酒を注ぎ足す。

「これはなまえ殿は異なことを申す」
「なんでですか」
「なまえ殿は己が女人であると忘れているのか」

彼がいかにもおかしいとでもいうように、手で口許を覆った。それにまた苛立ちを覚える。

「忘れてはおりません! ですが……ですがそれで諦めてしまっては私が武人を目指した意味もないじゃあないですか!」
「男と同等に振舞うなどというのは、力においては無理なことだろう」
諭すような口調で張遼殿は云う。

「無理じゃないと私が証明したいんです!」
鼻息荒く叫ぶと彼はややうんざりしたように肩をすくめた。

女であるから無理だとかできないだとか私は言いたくない。諦めたくはなかった。女のくせにとか陰で言うやつらに負けたくない、その一心で鍛錬を積みようやく手にした今の地位だ。

これから先ももっともっと武功を立て力を示さなければ、やっぱり女だからと馬鹿にされてしまうだろう。そんなのはごめんだった。

それでも限界はあるのだと先の戦で嫌というほど思い知らされた。敵軍の甘何某とかいう武将にこてんぱんにやられたのだ。張遼殿が助けに来てくれなければ、恐らく生きてはいなかっただろう。

剣技で言えば遜色はなかったように思う。しかしやはり力の差か、何度も何度も当たり負けしてしまったのだ。それが私の負けに繋がったであろうことは明白だ。

女であるというだけでこれから先ずっとこんなに悔しい思いをしなければならないのかと思うと、心穏やかではいられるはずもなかった。

「張遼殿! 私と組み手稽古しませんか!」
叩きつけるように提案すると、張遼殿は面食らったように顔をしかめた。

なんとかして男をやっつけたい。参りましたと言わせたいと闘志が沸き上がる。そんな思いを知ってか知らずか、彼は困惑の色を浮かべ盃を机に置いた。

「もう夜も遅い。辺りも暗く見えないだろう」
「いえ! 外ではなく、部屋の中で結構です!」
「部屋が壊れるのではないか?」
ため息をつかれるが私はめげない。

「問題ありません! もし壊れたとしても私の邸ですので!」
「むしろ問題しかないと思うのだが」
私の言葉に被せるように彼が云う。

「つまり張遼殿は稽古をしてくださらない、と」
腰に両手をあて仁王立ちしながら聞いてみても、彼がその提案に乗ってくる気配はない。

それどころかめんどくさいとでも言うように何度もかぶりを振っている。ならばと少し挑発してみることにした。

「つまり張遼殿は私に負けるかもとお思いで」
「負けはしないだろうが、さすがに今は遠慮したい」
「ははあ、そうは言っても本当のところは負けるのが怖いのでは? 魏軍の五将軍がお一人、遼来々と恐れられるお方が情けない」

皮肉たっぷりに見下ろすと、張遼殿はむっとしたように私を睨みつける。おお、怖い。けれどそれでこそ張遼殿だ。

「そうまで言われては黙っている訳にもいくまいな」
彼はそう云うと悠然と立ち上がった。

企てはうまくいったようだ。口角が上がるのを堪えきれない。部屋の中央へとゆっくり移動し、組み手のための構えを取った。

私の動きに合わせて張遼殿も構える。あれほど酒を飲み酔っているにも関わらず、彼の構えにはまったくもって隙がない。

「今日は手加減などなされませぬよう!」
吼えてみせると、張遼殿は静かに頷く。

「相分かった」
どうせ間合いを取ったところで彼と私の力の差は歴然だろう。それならばさっさと攻撃を仕掛けた方が防戦一方になるよりも勝率は高い。そう踏んで床を蹴る。

一手目。足を狙って蹴りを繰り出すが、あっさりと止められてしまった。ならばと二手目。拳を突き出す。彼は私の腕の長さを見極め、ぎりぎり当たらぬよう上体を逸らした。

彼の眼から視線を逸らさないよう全神経を集中させる。まだ様子を見られている。攻めてくる気配はない。

左手で殴りかかり受け流されてから右手で掌底を仕掛ける。しかしこれも彼の手で流された。腕を戻す一瞬の隙をついて張遼殿が右手を振りかぶる。視界の端でその動きを捉え、なんとかしゃがみ込んでその攻撃を避けた。

足払いを掛けようと床を擦るように右足を半回転させるが、読まれていたのか彼は軽い動きで跳ねそれをかわす。

すぐさま立ち上がり手刀で斬りかかり、続け様に顔へと拳を叩きこんだ。入ったと思ったがよく見れば手で塞がれている。

張遼殿が唇の端をもちあげ、にやりと笑んだ。来る!瞬時に悟り後ろへと飛び退く。

見れば先ほどまで私の顔があった場所に拳が突き出されていた。危なかった。後少し反応が遅ければ喰らっているところだ。

体勢を立て直す前に彼が距離を詰め、少しの無駄もない動きで攻め立ててくる。これでは攻撃に転じる暇がない。次々と繰り出される拳を受け流すので精一杯だ。

くそ!負けてたまるか!押されながらも必死に喰いつき、なんとか一発お見舞いしてやる隙を狙う。

重い打撃だ。腕で流しているとはいえ、攻撃を受けるたびにその腕がびりびりと痺れる。さすがに手加減してくれているのだろうが、それでも少しずつ疲弊していくのが分かった。

悔しさに奥歯を噛み締める。それなりに鍛錬を積んできたつもりでも、才覚というのは産まれ持ったものなのか。女であるというだけで諦めなければならないのか。内から湧き出る怒りにまかせてみても、拳は空しく宙を掠めるばかりだ。

ふいに彼の目線が私から外された。何かに気を取られたのか。それは本当に一瞬のことだったが、この隙を逃す手はない。

渾身の力を込めて張遼殿の胴に蹴りを入れると、鈍い音ともに蹴り上げた脛に手応えを感じた。やったと喜んだのも束の間、張遼殿は平然としたままだ。顔にはなんの表情も浮かんでいない。

「軽いな」
歌うように彼が云う。

けれどそれは私を激昂させるのに充分な一言だった。全力で放った筈の蹴りを軽いだと?馬鹿にしているのか。怒りで血管がぶち切れそうだ。

「こっ……の!!」
二本の指を彼の両眼めがけて勢いよく突き出した。

「……なまえ殿、それはさすがに頂けん」
すんでのところで手首を掴まれ、攻撃は不発に終わる。張遼殿の低い声ではっと我に返った。

「す、すみません! 思わず……」
これでは組み手稽古ではなくなってしまう。怒りに我を忘れ目潰しなどと、なんと礼儀に欠いたことをと血の気が引いた。

「ほ、本当にすみませっっ!?」
しどろもどろで謝っている最中に手首を捻られ、私の身体が空中に投げ出される。あっと思う間もなく背中に軽い衝撃が走った。

状況を理解するより先に投げ出された身体が無理やり反転させられる。寝台に投げられたのだと目で確認するが反撃する間もなく、両腕を後ろ手で拘束されてしまった。

「まだ続けるか?」
背後から実に小気味よいといった感じで声がする。

負けた……。これ以上やったとして勝敗は覆らないだろう。私はまだまだ鍛錬が足りない。

「……参りました」
憮然として云うと、彼はゆっくりと私の両腕を解放した。

そのまま寝台に座り直し、じっとりと張遼殿をねめつける。その視線を受け止めながらしかし彼はどこ吹く風といった感じで悠然と立っていた。

「ものすごく悔しいですけど、今は敵わないと思い知らされました」
「今は、か」
「今は、です」

唇を尖らせると張遼殿は軽い笑いをこぼした。まったく飄々とした人だ。ため息を吐き出すと同時に目を閉じる。酒を飲んだ上で激しく動いたせいだろう。目を開けるとぐるりと世界が歪む。

「気持ち悪い……」
顔を両手で覆うと身体のすぐ隣でぎしりと軋む音が鳴った。少しだけ首を動かし指の隙間から見ると、張遼殿が腰を下ろしている。

額にうっすらと汗をかいているのが月明かりで見てとれた。さしもの将軍も酔った後での稽古は厳しかったらしい。

「暑いな」
「ええ、まったくです」

神妙に頷くと「貴殿は自業自得だろう」そう返された。つっと彼の額から汗が流れる。

「張遼殿、汗が」
落ちそうになった雫に思わず手を伸ばした。

私の言葉で汗を拭おうとした彼の手が絶妙な間で私の手と触れ合う。意図せず握られるようになった形だが、なんとなくすぐさま引っ込めるのも気が引けてそのまま張遼殿を見つめた。

彼も同じ思いなのか触れ合った手を離さない。視線を合わせその姿勢のまま固まっていると、言い得ぬ恥ずかしさに襲われた。

「お、大きな手ですね」
誤魔化すように云った声は不自然に大きく、それに驚いたのか張遼殿が一瞬肩を震わせた。けれどすぐに彼は笑みを浮かべる。

「なまえ殿の手は小さい」
「そうでしょうか?女の中では大きい方だと思っていましたが」

比べるように彼の手の平と自分のそれを合わせる。なるほどこうしてみるとよく分かる。太く長い指。厚い手の平。数多の戦で勝利を納めてきた武人らしい、無骨で少しささくれ立って固い手だ。

じんわりと温かく汗で湿った張遼殿の手の平に心臓がわずかに鼓動を早める。

「だがやはり女人の手だ。小さく頼りない。このような手で得物を振り回しているとは到底思えんな」

彼の爪がですっと指の腹を撫で下ろした。ぞくりとしたくすぐったさが走り抜ける。優しくその手が引かれ、何かを考える間もなく張遼殿の唇が指に落とされた。

どういう態度を取ればいいのか迷っている間にも、彼の口が私の手を滑っていく。かさついた唇の感触。熱い吐息。

意識しまいとしても神経が手へと集中してしまう。掴まれた手が裏返され、手首へと口付けが落とされた。

いつの間にか灯していた蝋燭の明かりが消え、部屋は薄闇に包まれている。ぼんやりとした月明かりだけが窓越しに差し込み、床に反射したか細い光が私たちを照らしていた。

目を凝らしても張遼殿の顔の細部までは見ることができない。けれど私を見つめる双眸だけがいやに鋭い光を放っていた。

ああ、これはいけない。そう思うと同時にこれから訪れるであろうことに期待で身体が高まるのを感じる。

「……張遼……殿」
彼の名を呼んだ声はひどく掠れ自分でもぎょっとするほど甘ったるいものだった。

ぎしりと寝台が軋む音と同時に、張遼殿の顔が近付いてくる。鼓動を早める心臓とは裏腹に私もゆっくりと顔を上げた。

唇と唇がほんのわずか離れた距離でどちらともなく動きを止める。もしもこの先を続けてしまったら、取り返しがつかないことになるのは分かっている。今日までの私たちの関係が否応なく変化してしまうだろう。

いいの?本当に、いいの?自問してみても酔いが回ったぼんやりとした頭では冷静に答えを出すことはできなかった。張遼殿も同じ思いなのか、動きを止めたまま微動だにしない。

目線を上げると彼と視線が絡まった。うん、理屈はどうでもいい。私は今、この人と口付けを交わしたい。酔いに背中を押してもらい腹をくくった。目を伏せ顔を傾ける。

さらに距離が縮まる気配がし、唇に柔らかな感触が触れた。少しかさついた薄い唇。確かめるように何度もくっついたり離れたりを繰り返す。

どくどくと心臓が早鐘を打つ。胸が苦しくて苦しくて、意識しないまま吐息をこぼした。

それが合図だった。張遼殿の舌が私の唇を割り入り、口内へと侵入してくる。先ほどまでの静けさが嘘のように激しい口付けだった。

生温かい舌の感触。逃げても追われ、一瞬の憩いも許してはくれない。それならば負けじと舌を絡ませるがすぐに押し戻され、されるがままだ。

いつの間にか後頭部に手を回され、少しも自分の思うように動けない。粘り気を持った水音が室内に響き渡る。

寝台の軋む音とともにゆっくりと押し倒された。その間にも口付けがやむことはない。

「ん……んうっ……あっ」
ふいに彼の唇が離れて行く。目を開くと月明かりに照らされ、どちらのものとも分からぬ唾液が糸を引いたのが見えた。

「どうしたんですか」と口を開くよりも早く張遼殿が私の首へと顔を埋めた。唇と舌で首筋をなぞられ、全身がぞわりと総毛立つ。

咬みつかれ痛みが走ったと思えばすぐに優しく舐められ、相反する感覚にじんわりと高まっていく。

彼の手が下りてきて胸をまさぐりながら、一際強く首筋に吸いつかれた。跡が残ってしまうという焦りとそうされる喜びがせめぎ合う。

「み、見えて……しまいます」
一応そう吐き出してみるが、そこに強い拒絶は宿っていなかった。張遼殿は見透かしたように鼻で笑う。

「見せつけておけばいい」
胸元がはだけられ冷たい空気に肌がさらされる。彼の目にどう映っているのだろうか。

こうやって誰かと肌を合わせるのは随分と久しぶりのことで、どうしていいのやら忘れてしまっている。羞恥心に襲われ目を強く閉じると張遼殿に静かに問いかけられた。

「なまえ殿……もしや、初めてということは」
その言葉にぎょっとして思わず目を見開く。

まさか、という意味を込めて首を横に振ると、彼は一瞬その顔に安堵の色を浮かべた。けれどそれはすぐに苦いものに変わる。

「ならば遠慮はいらぬな」
不機嫌そうな低い声ですごまれ、その真意を図るよりも早く彼の指が秘所へと捩じ込まれた。

「っああ!」
不意に与えられた快感に、制御できない甘い声が口を衝いて出た。思わず手を口に押し当てる。

けれどそれを許さないとでも言うように、張遼殿の指が私を翻弄する。続け様に蹂躙され、堪えようとしてもとめどなく喘ぎ声は洩れ出てしまう。

「んっ……あ!ああっ」
敏感なところを探るような指の動きに逃れようとしてもすぐにそれは無意味だと思い知らされた。決して早急な動きではないのに、彼の指は確実に私を追い詰める。

「ひっ……あ、だ、だめっ」
あまりの快感にすぐに達してしまいそうになり、必死に制止の言葉を吐き出す。

けれど張遼殿はまったく意に介さずといった感じで、その動きを緩める気配はない。そればかりかさらに緩急をつけて責め立てられた。

「ああ!あっ、やっ……ほんと、だめ!」
耐えきれずかぶりを振ると、張遼殿は片頬をつり上げ笑う。すっと彼の身体が動いたかと思えば、両足を広げられた。

あまりに自然な動きに拒絶の言葉も出ない。そして彼はそのまま私の秘所へと口を落とした。

生温い、柔らかいものが押しつけられ思わず呻き声をあげる。その間にも張遼殿の指は止まることを知らず私の内を掻き回す。

「あ!……あああっ」
理性も羞恥心も手放してしまいそうになる。目尻から涙が零れるのが分かったが、それも今は些細なことだ。

快感が渦を巻き全身を支配していく。私の口からは途切れることなく嬌声が溢れ出た。

「やっ……張……遼殿っ……もうっ、もう無理っ」
足の指先までびりびりとした感覚が駆け巡り身体が意思に反して小さく痙攣する。

高まりが頂点に達しそうなことをようやく告げると、彼は一瞬顔を上げた。

「では達せば良いだけのこと」
そしてすぐに私を絶頂へと導く。限界は間を置くことなく、あっさりとやってきた。はじけるような感覚に身を任せる。白い光に目の前が包まれた。

「あ……あああああっ!」
全身ががくがくと震える。制御する術もなく私はひたすらその快感に耐えた。

「……随分と可憐な顔だ。いつもの面影がないな」
意地悪そうに張遼殿が云う。褒められているのかけなされているのか。判別がつかず、けれど何か一言返してやろうと、脱力しきった上半身を無理やり起こした。

薄闇の中で顔を上げた張遼殿と視線が絡み合う。戦場で目にするよりもさらに鋭く、冷たい瞳が私を射抜く。どくりと心臓が跳ねた。

なんて、目をするの。その瞳に捕えられただけで、私の中の女が喜びの声を上げる。さきほどまでなにか言ってやろうと思ったのに、そんなものは跡形もなく消え去ってしまった。

張遼殿の身体が私へを覆いかぶさってくる。温かい人肌に触れ、なんとも言えない心地よさに感嘆のため息が洩れた。

「物欲しそうな目をしている」
私の前髪を掻き上げながら彼が云う。その口調は穏やかだ。けれど吐き出される荒い息に、彼もまた興奮しているのだと教えられる。

「私の口から言えと、そうおっしゃるのですか」
恥ずかしさに目を逸らすと、張遼殿の喉から笑いがこぼれた。

即座に「そうだ」と返される。私が思っていた以上にこの人は意地が悪いようだ。

けれどこのまま終われるほど私は子供ではない。すでに内には火が灯り、燃え盛っている。期待に打ち震えているのだ。

「……私に……張遼殿を──ください」
瞼を強く閉じ、絞り出すように強請ると同時に熱い物に貫かれた。

「いっ……あ……ああ……」
突如として与えられた熱と質量に気持ちがいいのか苦しいのか、はたまたそのどちらもなのか。相反した、けれども待ち侘びた感覚に、吐息が洩れた。

そっと張遼殿の腕へと手を添えると、それが合図のように彼が律動を始める。内に感じられる生々しい熱と固さがさらに私を高まらせた。

「……は、なまえ殿」
張遼殿の口からも吐息がこぼれる。切なげなその声に胸が締めつけられた。

「ああ!あ、んっ!……もっと、もっとして……」
云うと、彼が驚いたように一瞬目を見開いた。そしてすぐに口角をつり上げる。

「その言葉──後悔するなよ」
云うが早いか彼が自身を引き抜き、すぐさま強く腰を打ちつけた。内の最奥を突かれ、ずんと衝撃が走る。

「ひああっ!あああっ!」
何度も、何度も息もできないほど強く、張遼殿にされるがまま奥に侵入を許す。どうにかなってしまう。

それだけが頭の中をぐるぐると回る。突かれるたびに目の前が白く染まり、光が走る。

耐えかねて逃げようにもそうはさせないとでも言うように、彼が私の腰を引き寄せる。

幾度達したのかも分からない。私はただ与えられる苦しいほどの快感に声を上げるしかできなかった。

「……なまえ、なまえ」
「あっ!ああ、あん……あ、はっ……」
「なまえ……いい、か?」

張遼殿が私の目を覗き込み、そう尋ねる。ひそめられた眉根に彼の限界が近いことを知らされた。

返事もままならず、首を小さく縦に振ると彼は一層動きを早める。そして自身を引き抜き私の腹へと精を吐き出した。


    *


酔いはとうに冷めてしまった。寝台の上に腰掛けたまま、お互いぴくりとも動かず言葉を発することもない。

これはまずいことをしてしまった、というのが今の私の心境だった。酒の力とは恐ろしい。こんなにも簡単に男女の仲になってしまうとは。それも張遼殿と。

いや、別に彼が嫌いなわけではない。けれどどうしてどうして、彼は志同じくする魏の将ではないか。それ以上でも以下でもないはずだ。

このような事態を引き起こしておいて「では明日からはいつも通り」などとあっさり言えるわけもない。

張遼殿も同じ思いなのか、部屋の一点を見つめたきり、微動だにしなかった。しかしいつまでもこうしているわけにもいかない。どこかで決着を、着地点を見つけなければ。

どう云ったものかと思案していると、張遼殿が不意にこちらへと顔を向けた。

「……なまえ殿、すまない」
「あ、へ?あ、はい。こちらこそすみませんでした」

やはり本意ではなかったのだろう。彼がなかったことにしたいと云うのならば、私に異論はない。大丈夫ですお気になさらずと口に出そうとした時、張遼殿が身体を捻り私を抱きすくめた。

「えっ」
思わず声を出すが、張遼殿は密着した身体を離すどころかさらに力を込めて私を抱き締める。

「あ、あの」
「酒の力を借りるなど、実に情けない話だ」
話が見えず私は首を傾げるしかできない。

「……なまえ殿は、私をどう見ている?」
「どう、とですか……えっと、お強くてお優しい将軍、です」

答えると張遼殿は沈黙した。気に障ることを言ってしまったのか。どう答えれば良かったのだろう。自問自答してみても正解は導きだせない。やがて覚悟を決めたかのように彼が沈黙を破った。

「私は……なまえ殿に一人の女人として好意を抱いているのだが……貴殿は、どうであろうか」
一人の、女人として……?まさかそんな、と仰天する。

張遼殿のことは嫌いではないが、男としてはどうなのだろう?嫌いということはないから、好き、なのだろうか。

けれど恋心を抱いているわけではないのは明白だ。どう答えれば良いのか答えを出しあぐねていると、張遼殿がゆっくりと身体を離した。自然と視線がかち合う。

「こうなる以前に告げるべきであったのだろうが、順序が逆になってしまい、申し訳もない……これより先は私の傍に居てくれぬか」

真っすぐと見つめられ、いつもと同じ真剣な顔つきで彼は云う。

私は彼に恋心を抱いてなどいない。いないはずだ。けれどその時確かに私の心臓は破裂しそうなほど、高鳴っていた。
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