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昼ご飯をしっかり平らげ、さぁ今日も日課の文則観察をしようと執務室に行った所、部下に将軍は町に視察に行かれましたよと告げられた。

つまり、文則はいない訳だ。何という事だ。仕事は仕事で仕方ない。だが一言伝えてから出かけてもいいんじゃないか。

毎日のように顔を合わせてるんだから、今日だって私が彼に会いにいく事ぐらい分かりきってただろうに。
まったく女心を分かってない。いっそそんな所が文則らしいと言えば文則らしいんだけど。

いつ帰るのか部下に問えば夕刻までにはお帰りになられるでしょうとか淡々と返された。

なんと!いうことだ!つまり、私は、夕刻まで暇を持て余さなければならないという事になる。しかもそんな時間に帰ってくるんじゃ、ゆっくり話もできやしない。

会えないと思うとなんだか余計に会いたくなる。町って遠いの?帰るのに時間は掛かりますか?聞くと、いいえ、城下町ですからそんなに時間はかかりませんと返事してもらえた。

ちょっとひき気味の顔だったのは見なかった事にしよう。

つまり、すぐ行けてすぐ帰ってこれる。つまり、私でも行ける。つまり、文則に会える。しかも城外で。

町には常々行ってみたいと思っていた。市やら食堂やら酒場やら、存在は知っているが実際に行ったことは一度もない。

そこに文則がいるならば行くしかないでしょう!我ながらとてつもない名案だ。軍師になれるんじゃないかしら。そうと決まったら早速準備をしなければ。さすがに今の服じゃ目立ちすぎる。侍女の衣装でも借りよう。

一旦自室に戻ろうと廊下を走り抜け角を曲がろうとした瞬間だった。体に衝撃を受けなんの構えもしていなかった私は、勢いそのままに後方へとはじき飛ばされた。

息が止まり、お尻に鈍い痛みが走る。何とか顔を上げ原因を見ると人である。人がお腹を押さえ苦しそうに顔を歪めている。どうやら私の体で攻撃を仕掛けてしまったらしい。

「だっ、大丈夫ですか!? ごめんなさい!」
痛みも忘れすぐに立ち上がる。容態を伺おうとすると彼は苦笑いで大丈夫です、と答えた。

「ほんとにごめんなさい」
「いえ、俺もよそ見してました。すみません」

なんと優しい人か。私があなたならちょっと腹立ててるよ。悪態ついちゃうよ。

その人はもう一度すみませんと謝り、では、と足早に去っていく。その後ろ姿を見送り、痛むお尻をさすりながらやっぱり廊下は走っては行けないと猛省した。

「派手に転びましたねー」
そんな様子をどこから見ていたのか、にやついた表情で李典がこちらへ近づいてくる。

「痛かった」
「そうでしょうね。ものすごく見事に尻からいってましたから」

そこまでか。今更ながら恥ずかしさも襲ってきた。

「そんなに痛いなら俺がさすってあげましょーか?」
自分の手を差し出し、先程のにやにや顔と裏腹に急に真剣な眼差しでそう言う李典に、結構ですとお断りする。ついでにそのいやらしい手もはたいておく。

「さっきの方は誰?」
いてーとか大仰に手をさすっていた李典はその仕草を止め今度はその手をプラプラと振りながら、ああ、ご存知なかったですかねと意外そうな顔をする。

「蜀から引っ張ってきたそうですよ。何でもなかなか兵法や策に明るいとか」
「へぇ。じゃ、軍師様なんだ」
「みたいですねぇ。確か──徐庶殿って言ったかな?」
「徐庶殿」

恐らく父上あたりが欲したんだろう。目深に被った頭巾から覗いた優しそうな目を思い出し、微妙な気分になる。

「ていうか、なまえ様急いでたんじゃないんですか? あんなに走られて」

そう言われてはたと思い出す。そうだった。私には一世一代の企てがあるんだった。

李典に別れを告げ、自室に向かって歩き出す。後ろからもう走っちゃいけませんよーとちょっと小馬鹿にしたような声が聞こえた。
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