main分岐(新) | ナノ

[ 4 ]
寒い。寒すぎて死んでしまう。両手を擦り合わせるだけじゃ足りずに、息を吐きかけてみるがそれすらも無意味だ。

「寒いのか」
何やら竹簡に筆を走らせている文則が、こちらに目も向けずに当たり前のことを問いかける。なんでこんな寒いのに平然としていられるんだろう。

「寒い……死ぬかも」
「死にはしないだろう」
あっさりと否定され私はがっくりと項垂れた。

文則と恋仲になって二月程経つ。彼は口づけを交わした翌日にはお父様に許しを請いに行き、祝言の日取りまで決めてしまった。

曰く、中途半端な事は出来んだろう。実際に夫婦になるにはまだ少し時間がかかるが、私と文則の仲は周知の事となってしまった。いや、いやなわけじゃないんだけどね。むしろ私が嫁でいいのか。そんな即決でいいのか文則よ……。

目の前に座る彼は、いつもと変わらず厳格な空気を纏っている。筆を操る手も淀む事を知らないようだ。

神経質そうな眉に鋭い切れ長の目。鼻筋はすっと通っていて形の良い薄めの唇。あの唇と口づけを交わしたのか。思い出すと顔が火照る。男前だなぁ。めっちゃ男前だなぁ。

「毎日飽きはしないのか」
「えっ、飽きないよ」
「そうか」
「だってかっこいいし」
「待てなんの話だ」
「文則を見つめる事に関してでしょ?」
「……違う。こうやって私が執務をしている間の事だ。飽きんのか?」

暇を見つけては文則の執務室や部屋へと会いに来て、何をするでもなく彼を見つめるのが私の最近の日課だ。

「え、なに、もしかして迷惑?つきまとうなって言葉が隠されてます?その台詞」
だとしたらへこむ。

「なぜそうなる。──そうではない。あまり構ってやれぬせいで退屈させているのではないかと懸念している」

なるほど。彼の態度は以前の関係とあまり変わりなくてちょっとそっけないと思ってたけど、文則なりに私を気にかけてくれてるんだ。嬉しくて口元が緩む。

「飽きるわけないよ。文則を堂々と余す所なく見れるんだもん。執務中の文則もかっこいいし。むしろ見放題で嬉しい」

むふ、と笑って文則をのぞき込むと、彼は椅子ごと若干後退した。気まずそうに視線を泳がせ、口元に手をやる。

え、何かした?私。焦りを感じたけど、彼を見た時気づいてしまった。表情はいつもと変わらないのに、耳だけが赤く染まっている。

「文則、もしかして、照れてる?」
「っ! ……なまえがおかしなことを言うからだろうっ」
じろりと睨まれるが声は上擦っている。

「ほーへー。へーぇー。ほほほへー!」
珍しい事もあるもんだ。照れてる文則なんて滅多に見れるものじゃない。感動して彼をまじまじと凝視してしまう。その視線に文則は居心地悪そうに咳払いをした。

なんだろう。なんか……胸がきゅうっ、となる。年上つかまえて変かもしんないけど──とても可愛い。

椅子から立ち上がって、文則の背後に移動する。

「……なまえ?」
「動いちゃだめー」

大きな背中。心がむずむずする。えいっ、と声に出し勇気を奮い立たせると同時に後ろから彼の首へと抱きついた。

「なまえ!」
驚いた文則は思わず立ち上がろうとするが、そうはさせまいと私は腕に力を込めた。

「ちょっとだけ、だめ?」
できるだけ必死な声でお願いすると、諦めたように少しだけだぞ、と彼は腕組みをして憮然と答える。

文則は椅子に座ってるから、私より頭の位置が低い。いつも見上げるばっかりだから新鮮だ。うなじきれい。

「あ」
「なんだ」
「文則のにおいだー」

鼻をくすぐるにおいがいつもより強く感じられる。昔から嗅ぎなれた、大好きなにおい。もっと嗅ぎたくて彼の首へと鼻を押しつける。

くんかくんかしていると、文則の手に引きはがされてしまった。それどころか彼が立ち上がってしまって、腕も外れてしまう。

「えー! もっとー!」
「少しだと言った筈だ」
諦めずくっつこうとするが、いとも簡単にかわされてしまった。

「じゃあちゅってして」
「なぜそうなるのだ」
「だって最近してくれないんだもん。抱きしめてもくれないしー」

私は不服です。そんな気持ちを込めて全力で口を尖らす。文則は私に触れたくならないんだろうか。私は触れたい。ずっとくっついててもいいくらいなのに。

そんな思いが空回り気味なのは、気づいていた。私が触れようとしてもさり気なくいなされて、口づけを催促してもなかなか応じてくれない。やっと応じてくれてもなんだか味気ないやつしかしてくれない。

いや!味気ないのも好きだけど!はしたないって自分でも分かってるけど、たまには初めての時みたいな口づけもしたい。やっぱり文則の中で私はお子様扱いなんだろうか。なんだか不安がむくむくと膨らんでいく。

「文則は、したくないの?」
彼の服の裾を少しだけ握る。女から誘うのはやっぱり恥ずかしい。

視線を床に落とし彼の裾を引っ張ってみる。短い沈黙の後、ため息が聞こえた。目を閉じろ、そう言われ顎に手が添えられる。

言われた通り喜んで目を瞑ると、すぐに唇に口づけが降ってきた。けれどそれは期待を裏切ってごく軽いもの。すぐに唇は離され、文則は私に背を向ける。

「えっ……おしまい?」
「……しまいだ」
そんなぁ。散々焦らしておいてそれかよー。がっくりと力が抜ける。

「もっとしたいんだけど」
「……」

彼の顔をのぞき込むと、非常に難しい顔をしてらっしゃった。もしかしてしつこくし過ぎで怒らせてしまっただろうか。

「……文則?」
呼んでみるが今度は額に手をあてて深いため息をつかれてしまう。これは本格的にまずいと反省した瞬間、私の体は彼の腕の中にいた。頭を抱えるように抱きすくめられ、自由が利かない。

「このままで聞け。私とてお前に触れたくないわけではない。だが……触れてしまえばお前のすべてを欲してしまうだろう」
宥めるように髪を優しく撫でられる。

「……汚してしまうのが怖いのだ。お前は私には無垢で純粋過ぎる」
そうなのか。文則が相手なら汚れる事なんか絶対に有り得ないのに。

「もう少し男というものを警戒しろ。でなければいずれ痛い目を見るぞ」
「文則だって男じゃない」
「それだから警戒しろと言っている。私とていつまでも抑えがきくわけでもない」

はしたない私はそれを少しだけ期待してしまう。けれど、今はこのままでいいのだろう。嫌われてはなかった。触れたくない訳でもなかった。それが分かっただけで安心して胸がすっと軽くなっていく。

「文則、好き」
彼の腰に腕を回すと、長い長いため息が聞こえてきた。

「理解していないようだな」
prevnext
bkm

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -