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[ 3 ]
先程まで眩しいほど窓から射し込んでいた橙色の日は、あっという間になくなり、部屋は薄闇に包まれた。

布団から抜け出し重い体を引きずりながら、侍女が用意していた蝋燭に火を灯す。ぼんやりと部屋の輪郭が浮かび上がり、ゆらゆらと揺らめく。

起き上がる気力もなく、今日は一日泣いては寝、寝ては泣いてを繰り返してしまった。気を抜くと意に反して涙がこぼれてしまう。寝間着から着替える事すら億劫だった。

どうして、だろう。考えたくないのに、もう止めると決めたのに、気を抜けばすぐさまこの感情に支配されてしまう。

文則に会いたい。言葉を交わしたい。傷つく事なんて分かりきっているのに。馬鹿じゃないの、私。

それでも好きだと心が悲鳴をあげる。蓋をして閉じこめようとすればするほど、どうにもならないほど膨らんで今にも溢れだしそうだ。姿を見ないように避けているのは私なのに。

「なまえ様」
扉の外から名前を呼ばれ、はっとする。文則の声。まさか幻聴まで聞こえるようになったの?

すごい、恋の力って偉大だ。感動していると再び名前を呼ばれた。え、もしかして幻聴じゃなくて、ほんもの?

「何かご用ですか?」
おずおずと返事をする。こんな時間に訪ねて来てくれるなんて、嫌でも期待してしまう。なんて都合が良すぎる。

「李典殿より預かった物があり、お渡しに参った次第でございます」
あっさりと期待を打ち砕かれ、肩を落としてしまう。

「何ですか?」
「簪です。落とされていたようで、李典殿が拾われたと」
「簪……?」

はっとして、髪に手をやる。確かに、ない。いつも挿しているお気に入りの簪が手に触れない。

「扉を……開けて頂けますか?」
どう、したら?会いたい、けど会ったところで余計に辛くなるだけだ。私の中でふたつの思いがせめぎ合う。

「そこに、置いてお帰りください」
できるだけ平然と聞こえるよう務める。今姿を見てしまえばまたみっともなく泣いてしまいそうだった。文則をこれ以上困らせてはいけない。

「なまえ様、扉をお開けください」
先程より強い口調で催促される。私は、あなたが、分からない。

先日突き放すような態度をとっておきながら、今日はなぜ。けれど再び請われた事で、彼の姿を見たい気持ちが沸き上がってしまった。仕方ないよね、なんて自分に言い訳しながら扉を開ける。

「なまえ様……」
文則はいつもと変わらぬ様子で立っていた。その手には私の簪がしっかりと握られている。

不意に彼が顔を背けた。また何か粗相でもしてしまったのか、不安に駆られたが特に何かした覚えはない。どうしたのと問おうとするより先に文則が口を開いた。

「少しばかりお話をしたかったのですが、お体が優れぬのですか?」
えっ、と声に出すと文則は言いにくそうにお召物が、と続ける。

そこでやっと私が寝間着のままだった事に気づいた。何という事だ。よりによってこんな姿を文則に見られるとは。

「入って! そして扉をすぐさま閉めて!」
文則に見られるのも嫌だが、他の人に見られるのも嫌だ。被害は最小限に留めねば。上衣を羽織りながら、背後で文則が部屋に入る気配を感じる。

「こんな姿でごめんなさい」
「お体の具合が優れぬのであれば、仕方のない事でございましょう」
優れぬのとはちょっと違う気もするけど。

「……話ってなんですか?」
少しだけ、距離を置いた話し方を心掛ける。あれ程会いたいと思っていたのに、いざとなればまた傷つく事を恐れている。

文則の方を向くのが躊躇われて、蝋燭の灯りで揺れる自分の影に視線を落とす。文則からの返事はなかなか返ってこない。いつもなら即答即決、言葉を濁す事すら珍しい文則が言い淀んでいる事に内心驚く。沈黙を存分に味わった後、彼はやっと口を開いた。

「先日の……非礼を詫びたく」
その言葉を聞いた途端、頭に血が昇るのを感じた。そんな事は望んでいない。謝られたってちっとも嬉しくない、私は救われない。どうして分かってくれないのか。

「申し訳ない? そんな事微塵も思ってないくせに」
文則を睨みつけながら精一杯棘のある言葉を返す。文則は罰が悪そうに項垂れた。その様子に更に腹が立つ。

「思っております」
「……本気で思ってる? 本気で、私に謝罪したいと?」
「なまえ様のご様子がおかしいと、皆が申しております。私に原因の一端がありますれば」

原因の一端が。一端というより全端なんだけど。

「おかしくないよ。何も変わってない」
「いいえ、以前のなまえ様では決して仰られない事を口にして回っていると」

自分でも自覚がある事を指摘される。けどここで引く訳にはいかない。もうはっきりしたいのだ。この思いにけりをつけたいんだ。

「別にそれはおかしくないでしょ。年頃なんだから」
「ですからご忠告申し上げているのです。無闇やたらと男を挑発するような態度は看過できませぬ」
いつもの厳しい文則が顔を覗かせる。

「それは、規則のため?」
「なまえ様の為にございます」
「ふーん?」
「どうぞ、今日以降はあのようなお振る舞い、お改め下さいませ」
おもしろくない。私に気もないくせに。

「分かった。文則が私に口づけしてくれたら以後は控える」
言うと文則はぎょっとして、まじまじと私の顔を見つめた。

「何を申されるか!」
おお、動揺してる。

「してくれないなら、これからもとことん男の人を誘惑してやる! めっちゃ遊んでやるー!」

半ばやけくそだ。とことん困らせてやる。そんで、すっきりふられて、終わらせてやる。めらめらと闘士が沸き上がる。

「なまえ様っ!」
咎めるように名前を呼ばれるが、もうどうにでもなれだ。いっそ私の事なんて嫌ってくれればいい。軽蔑して顔も見たくないと思ってくれればいい。そしたら諦めもつくだろうに。

「私の魅力で男どもなんか──」
いちころよ、続ける筈の言葉は音にはならなかった。

唇に柔らかい感触。片手を掴まれ、頭を押さえつけられる。驚く暇すら与えられず、文則の舌が割り込んできた。ぬるりとして生暖かい。

「んっ……ぶ、んそっ……んうっ」
彼の舌に翻弄される。逃げても逃げても執拗に追いかけられて、決して離してはくれない。

「……は……ちょ、待っ」
制止の声すら聞き届けられず、そのうちに彼の手が頬に添えられ、腕を掴んでいた手は腰に回されている。体の密着度が増して更に深く口づけられる。

どういう事だ。どういう事だ。混乱して頭が働かない。空気も足りず更に頭が働かない。

「んっ……ぅんっ!」
甘い痺れに支配され、体から力が抜け崩れ落ちそうになる。やっとの事で文則にしがみついた。
いよいよ酸欠で倒れそうになるころ、ようやく彼の唇が離される。

「はっ……はぁっ、はぁっ」
どうやって息をしてたか忘れてしまいそうだ。精一杯の私の顔を文則はむりやり上へと向かせる。目に入ったのは、厳しい表情。

「な、ん……」
「満足か」
絞り出すように問われる。

「お前が所望したことだろう」
苦しそうに、その顔が歪む。

「……なんで……口づけ」
「何故だと? お前が挑発をするからだ」
「……してない」
「どの口がそれを言うのだ。お前が思っている以上に男は容易い。それをあのような態度ではかどわかしていると思われても仕方ないぞ」

「……かどわかされたの?」
「そうだろうな。なまえの挑発に乗せられてしまったようだ」
「じゃ、私のこと、好き?」

聞くと、文則は長い長いため息を吐き出した。そして覚悟を決めたかのように、
「そうなのだろうな」
そう頷いた。

「二度と他の男にあのような事は申すな。本気にされては困るのだ」
それから私の耳元へ口を近づけて続ける。

「私のようにな」
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