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また見つけたよ
 于禁将軍が、犬を拾ってきた。正確に言うと、押しつけられた。
護衛獣として使えないかと、殿に半ば無理やり世話役を承ったそうで。

「……動物は馬以外世話したことがないのだがな……」
 そう小さく呟いた彼の言葉を、
私と李典殿が聞き逃す筈は無かった。
「おい、聞いたか!犬の世話などしたことが無い
于禁殿が世話をしたらいったいどうなる事やら……!!
なまえ!于禁殿を追いかけるぞ!!」
 そう言うが早いか意地悪い笑みを浮かべながら駆け出す李典殿。……マジでか。

 于禁将軍は厩舎の中で犬を飼うことにしたようだ。まぁ、妥当だろう。
「さて、まずは……名前か」
 文則将軍は名前を決めるところから始めたようだ。それはいいことだと思う。
名前を付ければ愛着もわくし、訓練にも身が入るというもの。

 自らの前に座り、つぶらな瞳を向ける犬に向かい、彼は、
「……そうだな、よし、
お前の名前は今日から『いぬ』だ。」
 そう言い放った。
……いやいや待て、ちょっと待て将軍。おかしいだろ。
犬はその生き物の総称であって固有名詞じゃねぇよ。あれか。天然か。
真面目に見せかけた天然かあんた。いや、違うな。
明らかにめんどくさかったんだな。あの顔は。
 李典殿は私の横で蹲り、その頭は海の底で漂う海草のように揺れている。……つぼに入ったか。


 一週間後、再び厩舎に私たちがこっそりと顔を出すと、
于禁将軍と于禁将軍命名・『いぬ』が激しい訓練に明け暮れていた。
「そうだ、そこで、お手だ!……よし、次はおかわりだ!」
 えぇー……と思わず声に出しそうになったのを李典殿に慌てて手で押さえられ喉の奥に戻される。
危ない危ない、ばれるとこだわ。
 しかし、こんな于禁将軍、敵の軍には間違えても見せられないな。
かの猛勇、于文則が犬とじゃれあってる姿とか、
笑い物ってか天変地異の前触れとか言われかねん。
そこはかとなく于禁将軍生き生きしとるし。
そういえば調教とか好きだったなあの人。

 だが、こんな于禁将軍も悪くないかもしれない、などと思ってしまうあたり、自分も相当やられている。なんだかんだで、あの厳格な彼の下で働き続けることができるのも新たな一面を覘ける機会があるからかもしれない。

 そんな恋心に乙女らしく耽っていると、訓練も終盤に入ったのか、
于禁将軍の声に凄味が増す。
「さぁ、この技を成してみせろ!……ちんちn「ちょっと待てえぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!」
 かつてこれほどまでに自分の足が速く動いたことがあったろうか。
敵陣に乗り込む時でもこんな全力疾走したことはない。
李典殿が厩舎の扉の影で顔を手で覆っている姿が視界の端に見えたがそれどころではない。私の体の中の全乙女細胞がそれを言わせてはならないと叫んだのだ。
「何言ってるんですか将軍!はしたない!!」
 声を荒げながらそう叫ぶと、何のことだとでも言うように于禁将軍がかすかに小首をかしげる。何それ可愛い。反則ですよおじさま。

 だがその可愛い動作から一転、彼は何かに気付いたかのように、私と李典殿を交互に見比べる。何だろうと今度は私が首を横にかしげると、彼は私にこう問うた。
「……なまえ。私はお前に武器庫の備蓄確認を言いつけておいた筈だが」
 そう、低く重い声で言われ、はっとする。そういえば、そんなことを、言われたような、気がしないでも、ない。

 そして、おそらく李典殿も何かしら仕事を置いたままここに来ていたのだろう。すでにこの厩舎から姿を消してはいるが無駄な事だ。私はおとなしく彼のお小言を聞くことにしよう。そう思い澄ました顔で彼を見ていた。が、
「上官からの命令を放棄し、怠惰を貪るとは、我が部下ながら情けない。
……厳正に処分する!」
 その鋭い眼差しをこちらに向けながら柱に立て掛けておいたのであろう自らの武器を手に取る動きを確認した瞬間、本能が逃げろと叫んだので、今は無い李典殿の後を追った。
「待て!逃げられると思っているのか!!」
そう言いながら、彼と、立派に躾られた犬は追いかけてくる。

 きっとすぐに捕まるだろうが、彼に追いかけられるなんてこれまた滅多に無い機会なので足をさらに前へと動かした。

 思わず笑みがこぼれてきたのは、あまりの恐ろしさからなのか、普段の彼からは到底想像もつかない一面を見てしまったからなのか。こんな風に彼を知ることができるなら、追いかけられるのも悪くないかななんて思ってしまうから、まったく、やっぱりどこかやられている。
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