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恋するエゴイスト
気怠い体を引き擦って、やっとの思いで賈充殿の執務室へと辿り着く。

朝日はとっくに昇りきっていてじりじりと地面を焦がしている。暑さにやられて脳みそが溶けそうだ。

頬に伝う汗を腕で拭いながら、私は扉を開けた。

「これはこれは……ようやく目を覚ましたか。うすら馬鹿」

すでに執務に取り掛かっていた賈充殿が凍てつくような瞳でこちらを見ている。

「はよーざーっす。どれ片付けたらいいんすか?」
「少しは反省の色を見せろ。それと……もう昼だ、阿呆」
「起き抜けに随分な言いようっすね。帰っていいっすか」
「……どうやら仕置きが欲しいらしいな」
「すんませんっした。反省」

私のおどけた物言いに辛辣な言葉を返してくる割に、賈充殿の表情はあまり変化がない。

この前賭けに(また)負けたもんで、賈充殿の執務室を片付ける約束したんだが相変わらずきれいさっぱりだ。片付ける所なんてあるのか、これ。

「必要ありますかね、片付け」
机の上に投げ出された書簡を掴みあげ、きれい好きな部屋の主に問う。

「……必要だから呼んだんだろう。うすのろ」

ほんとこの人罵倒の語彙が豊富だな。
呆れと尊敬の混じった感情で軽くため息をついた。


    *


「……次の戦、お前はどう見る?」
唐突に聞かれ、拭き掃除をしていた手を止め振り返る。

「どうもこうも指示通りやるだけっすね。考えたとこで頭悪いんで分かんないっすよ」

策やら兵法の学問は私にとって無意味だ。はっきり言って興味すらない。仮に興味が湧いたところで理解できない。

「くくっ……そうだろうな」
私の返答を予測していたかのように賈充殿は皮肉に笑う。だがそれもすぐになくなり、冷たい瞳が戻る。

「恐らく……敵の抵抗も相当のものだろう。こちらも無傷という訳にもいかないだろうな」

戦なんてそんなもんだ。無傷じゃない戦なんてありはしない。

「でしょうね」
あっけらかんと言い放つと、いっそお前らしいなとまた皮肉に笑われる。

「なまえ、戦は怖いか?」
「怖いっすよ」
「なぜだ?」
「人がいっぱい死ぬからです」
「お前がそんな事を思うとはな」
「敵も味方も死ぬのを見たかないっす。あたしだってできれば人殺しはしたくないですよ。大義のためとは言え嫌なもんです」

いまいち質問の意図が読めない。賈充殿は私と禅問答でもしたいんだろうか。

「賈充殿は怖いんですか?」

むしろこの人の方が怖いんだけど。死神っぽいし。彼は私の問い掛けに珍しく真面目な顔で考え込む。

「敵を殲滅する事に恐怖を感じた事はないな。味方の被害も想定のうちだ」

そうでしょうなぁ。この人が戦怖いとか言っちゃったら、ちょっと普段の人格との落差が激しすぎるもんな。

「だが……」
そう続けると賈充殿はおもむろに立ち上がり、私の前に立ちはだかった。

視線がかち合う。彼とこんなに真っ向から向き合うなんて初めてで、どうしていいか分からない。合わさった賈充殿の瞳がほんの僅かに揺れる。

不意に彼の腕が動いたかと思えば、顎を捕まれ上を向かされた。端正な賈充殿の顔が更に近づく。

「ちっ、近いっすよ、賈充殿」

思わず洩れる情けなく裏返った声を無視して、彼はいつもの調子で笑う。

「……先程の問いだ」
「戦が怖いかっすか?そ、それはもう聞きましたが」
「いいや、まだ続きがあってな」

振り払おうと思えば簡単だ。でも彼の鋭い瞳がそうさせない。金縛りにあったかのように体は硬直してしまっている。

頭の中だけはやけに冷静で、なんじゃこりゃーとか叫んじゃってるからやっぱり冷静じゃないな、うん。

「俺が敵を殺すのも、味方が死ぬのも怖くなどない。だがなまえ──お前を失う事だけは怖くてたまらん」

艶めかしい唇から吐き出された、まるで呪詛のような言葉。どう言う意味、と問いかけかけた私の口は賈充殿の唇で塞がれてしまった。

いつの間にか彼の手が私の後頭部に回され、逃れる事もできない。

「ちょっ……なん……」
もはや言葉すらかき消される。

ひんやりとした唇の間から生暖かいものが差し込まれた。私の舌が右へ左へと蹂躙され、口の端からは飲み込み損ねたどちらのものか分からぬ唾液がこぼれている。

頭の芯が熱を持ち痺れてくる。

私の中の酸素が尽きるかと思われるような、長い長い口づけのあと賈充殿はしれっと笑い言い放った。

「くくっ……こういう意味だ」
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