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好機と男気
「なまえ殿」

不意に背後から声を掛けられ歩みを止めた。聞き覚えのある声だ。振り返るのも億劫だがそういう訳にもいかない。

重い体をようやく反転させると声の主、陳宮様が立っていた。その表情はいつもと変わらず飄々としている。

「なんかごようですか」
動かすと引きちぎれそうに痛む喉から、やっとのことで声を出すと陳宮様の目がまんまるになった。

「そのお声は……」

いえ、言いたいことは分かります。大丈夫です。酷い声ですよねー。ほんと。お婆さんみたいにしわがれてておまけに鼻詰まりで、言葉すべてに濁音ついちゃってますもんね。

思わず言葉を失った陳宮様に、私はうんうんと頷いてみせた。

みるみるうちに陳宮様の眉尻が、キューっと音が聞こえそうな程下げられる。

「ああ! おいたわしや! なまえ殿!」
大仰に両手を広げ、両眼を涙がこぼれ落ちそうなほど潤ませ、陳宮様は叫ぶ。

「よもや──よもや感冒とは……!」
その表情は憐憫に満ちている。

なんなんだ、いったい。この人のこういう大袈裟なのはいつもの事だが、今は辛い。

一刻も早く部屋に戻りたい。戻って布団と抱き合いたい。だが腐っても軍師様。まさか無下にする訳にもいかず、私はとりあえず笑っておく。

「だいじょうぶですよ。すこしやすめばすぐによくなります」
だからお願い休ませて。

けれどその思いも届かなかったようで、陳宮様は片手を顎に当て何事か思案している。つまり解放してはくれないらしい。

考え事は御自分のお部屋でして下さいよ。

「あの、わたし、へやにもどららりり!?」

言いかけた言葉は意味を持たぬものになってしまった。

気づけば陳宮様に軽々と抱き上げられている。

「ここまで弱っているなまえ殿もめずらしい。つまりは今こそ、今こそこの陳公台の男気を見せる時ですぞ!」

にんまりといたずらっ子のように微笑む陳宮様に、頭がついていかない。

なんじゃそりゃ……。
陳宮様の腕の中で、さらに熱が上がっていくのを感じた。
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