毎日毎日同じ事の繰り返しだ。
飯を喰らい惰眠を貪り、たまに書物を広げてみる。自堕落とは言わないが惰性で生きている事は否定できない。
この乱世においてこれといった目的も野望もなく、ただただ日々の安寧が何よりも愛しい。
なのに──それなのに、俺の心は満たされる事なく僅かに穿たれた穴からは、虚しさが木枯らしのように吹きつけてくる。
原因は分かりきっていた。『なまえ』どこの誰とも分からぬ女性。
ある日ふらりと俺の前に姿を現し、そしてまたふらりと立ち消えてしまった。僅かな時間を共にしただけなのに、どうした事か彼女の存在が頭から離れない。
あれは夢だったのだ、そう思い込もうとすればする程、彼女の憂いを含んだ鋭い瞳が蘇る。
あの目を見る度に正体の分からない感覚に襲われていた。決して不快などではなく何かを急き立てられているような、焦燥感。
そしてなまえが居なくなった今でもあの瞳が俺を苛む。いやむしろ日に日に追い立てられる。
焦り。もがき。諦め。理想と現実。世界と俺。
このままでいいのか?このままこうやって無為に時間を食い潰して行くだけの人生。
だが、俺が世に出た所で役に立てる事などあるのだろうか。それでも立ち上がる事でこの暗い問答からは抜け出せるのかもしれない。
俺の中に炎が灯る。
*
「徐庶様、お待ちしておりました」
うやうやしく礼をするその姿はあの日見たなまえとは幾らか違って見えた。
口元には笑みを湛えているのに、その瞳は氷のように冷え切り妖しく光っている。
「すごいな。すべて計の内だったっていうのか?」
出会ったあの日から俺が今日魏の地を踏むまで。すべて見通していたとでもいうのか。
しかし曹操の隣に彼女が立っているという事は紛れもなくそう言う事だ。
やられたな、ちらと思う。憎しみや恨みなんてものを凌駕してしまうその頭脳にただただ脱力した。
「これよりは共に歩みましょう。殿の天下のため。ひいてはこの国の民達のため。そのお力、ぜひ私達にお貸し下さりませ」
そのためにすべて捨てて来られたのでしょう?あの時と同じ眼光が俺の心を射抜く。
そうさ。俺は決めたはずなんだ。このままじゃ終われないと。泥水を啜る事になっても。戦い敗れ朽ち果てようとも。あのぬるま湯のように鬱屈としていた日々を捨て去ったんだ。
たとえ策だったとしても俺に新しい世界を与えてくれたあなたに酬いるために。