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世界の悪夢
一際強い風が吹き砂埃を巻き上げながら、なまえの羽織っていた外套をはためかせる。それでも彼女は身じろぎ一つしない。暗闇と対峙し、まるでそこに何かがいるかのように宙を睨みつけている。

「なまえ殿」

そんななまえの様子をちらと見ながら李典は努めて明るく彼女を呼んだ。こういう時のなまえは酷く冷たい表情をしている。

「李典殿、君にはあの影が見えるかい?」
暗闇から視線を外す事なく彼女は問い掛ける。

相変わらずなまえの問いは茫洋としていて、要領を得ない。あの影ってどの影よ、真っ暗でなんも見えねーよと心中で毒づきながら当たり障りなく彼は返事をしておく。

「さあ?俺にはさっぱり」
その答えを予想していたようになまえは、口元を僅かに吊り上げた。

「そうだろうね」
馬鹿にした風でもなくさも当然と言うように言われ、いつもの事ながら彼はため息を禁じえない。

「ねぇ、李典殿。君の目に私はどう写っているのかな」
これもまた意図が分からずなんとも答えたがい。
その頭を掻きながら彼は辟易とした。こういう禅問答は頭のいいもの同士でやって欲しい。

「どう……って、なまえ殿ですけど」
「ふむ、実に当り障りない優等生の答えだな」

さすがにむっとしたが、それを口にした所で彼女にうまく言いくるめられるだけだ。

「どう見えて欲しいんです?」
そう聞くとなまえはようやく宙から目を離し、李典へと顔を向ける。

顔をすっぽりと覆っていた頭巾が風に煽られ頭から外された。彼女の細い目が李典を捉え、さらに細められる。

「おや、見事な返し方だ。これは答えない訳にはいかないな」
その唇がきゅうっと弧を描き、怪しげな笑顔へと変わる。

「世界と契約した以上私の身は人と代わりはないんだろうね。けれども私自身はこの暗闇の影のようなものさ。朝が来ればいとも簡単に消え失せる」
「はあ……」

「君達は目を逸らし、本質を見誤る」
「はあ……」

「過去を捻じ曲げ、未来を欺き、それでも声高に正義を唱える。正義はいつの時代も歪んだ自己満足の化身に過ぎない。そこに捻じ込まれた異質な物は排除せざるを得ず、しかしながらそこからまた異質なものが生まれる」

こんなにも雄弁に語る彼女をかつて見た事があっただろうか。ていうか、なんの話?
そんな疑問が李典の頭をよぎるが、簡単に突っ込める空気ではない。呆けた顔の李典に気づいたのか、なまえは喉の奥で笑う。

「世界は何もくれやしないよ」

彼女はそう言うと再び宙へと顔を戻し、口笛を吹く。それを嘲笑うかのように風は一層強さを増し、口笛の音をかき消した。ざわざわと暗闇がなまえを包み、その姿を飲み込んでいく。

「なまえ殿!」


    *


「──っていう夢を見ました」

そう告げる李典になまえは湯呑を口から離し呆気に取られた顔をしてから、大きく口を開け笑い出す。

「ははあ、そいつはえらく災難だったね」
「ほんとですよー。それもこれもなまえ殿が怪しいからですよ」

彼は抗議するように口を尖らせた。

「おやおや、私のせいかい?」
夢と同じように怪しげに口を吊り上げ、彼女は笑う。

「困ったね。そんなに君を怖がらせていたとは」
「いやいやいや!怖いなんて言ってませんから」
「そうかい?夢は深層心理とも言うし、案外そんな目で私を見ているのかもしれないよ」

なまえに恐怖心を、と問われれば正直それを抱く時も彼にはある。
いつも本心が見えずまるで水面に映る月のようだ。掴もうとしてもそこにあるのは影だけで、いつまで経っても手には入らない。

暗闇の影。朝が来ればいとも簡単に消え失せる。
夢の中のなまえの言葉がふいに蘇り、ぞくりと身震いした。

「けど──そうだね」
冷めてしまった茶を飲み干し、なまえは笑う。

「今度君の夢の中の私に会う機会があれば伝えてくれ。正解だが不正解、光と影があるように裏と表がある。けれどその境界はひどく曖昧で君と私はいつでも入れ替わるんだよ、と」

彼女の台詞に勘弁してくださいよ、と言いつつ李典は机へと突っ伏す。訳のわからない言葉に頭がこんがらがる。
それを見てなまえはまた笑いを漏らした。そしてあっけらかんと続ける。

「うん、実におもしろいね」

ああ、またこの変人軍師にいいように遊ばれたのか。それでも自らネタを持ってきちゃうあたり、まんざらでもないのかもしれないな俺。
机の冷たさに熱を奪われながら李典はそんな事を考える。

「影でもいいんで、急にいなくならないでくださいよ」
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