今宵の月はやけに赤くて、目に入った瞬間何とも言えない畏怖の念が湧き上がる。
隣に座る賈ク様も同じように感じているのだろうか、ぼんやりとそんな事を考えてみる。
「真っ赤……ですね」
そう呟くとそうだな、なんてあまり気のない返事が返ってきた。その目はどこか遠くを見るようで少しだけ寂しい気持ちになってしまう。
「……明日もお日様は昇るのでしょうか」
我ながら間抜けな質問だ。
自嘲気味に笑ってみても賈ク様の顔に笑みはない。それどころか眉を顰め、不機嫌そうに私の顔を覗き込んだ。
「いつにも増しておかしな具合だな」
失礼な。人をぽんこつみたいに。
「ご機嫌斜め……ですねぇ」
「そう見えるか?」
「ええ、とっても」
「まぁ、間違っちゃいないな。確かに俺はいまだかつてないほど不機嫌だ」
憮然として賈ク様は答える。いつもへらりとしている彼の、こんなにも真面目くさった顔を見るのは初めてかもしれない。
その表情を引き出したのが私だと思うと実に小気味良いと、少々優越感に浸ってしまう。にやにやと笑みを浮かべた私に笑うところじゃないぞ、と叱咤のお声が飛んできた。それでも私は笑うことをやめられない。
「ねぇ、賈ク様……お日様は明日も昇るのですか?」
「……そうだろうな。昇るんだろう」
「いつもみたいに笑わないんですか?」
「そうだな。明日になって日が昇ったら笑うことにしようか」
「そうですか。それは残念です」
私はため息を一つこぼす。
「賈ク様、賈ク様」
「どうした?」
私の呼びかけに対して怪訝そうな顔を浮かべた彼に、おいでおいでして口元まで呼び寄せる。嫌がられるかと思ったがいやにすんなり賈ク様は耳を寄せてくれた。
「私、実はですね賈ク様の事──慕ってます」
その囁きに賈ク様は目を見開き、驚愕の表情を浮かべた。
「……っなまえ」
あらら、頬の一つでも染めてくれるかと期待したのに、そんな素振りもなく賈ク様は悲しげに瞳を揺らす。 そんな顔はやっぱり彼に似合わない。
「引っかかりましたね……嘘でしたー」
いつもいつも騙されてばかりの私のささやかな復讐だ。してやったという気持ちを込めて言い放つ。
好きなのは本当だけど。本当でも嘘でもそんなものはすべて意味を失ったけど。だからこそ捨て身の告白なんだけど。けれどそんな私にお構いなしで賈ク様は
「知っていたさ」
そう言った。
それは、好きだって事を?騙そうとした事を?聞きたいけど、私の喉からはひゅうひゅうと微かに空気が洩れ出るばかりだ。
体から急速に熱が失われていく。人って結構あっけないんだな、なんてどこか他人事に感じる。
「なまえ……最期にとんでもない言葉を残してくれたな」
賈ク様の顔がくしゃりと歪む。私、少しは彼の心を翻弄できたみたい。
明日日が昇るのを一緒に見たかったなあ。賈ク様にまんまと騙されて、彼の笑い声を聞いていたかったなあ。
賈ク様の背後に浮かんだ真っ赤な月はやっぱりどこか寒々しくて、私はぶるりと身震いしてから目を閉じた。