「どうも俺はあんたに惚れてるらしい」
往来のど真ん中で、賈ク様はとんでもない爆弾を投下した。てか、私?私に向けておっしゃってるんですかそれ。
思わずキョロキョロと辺りを見回すが、賈ク様の視線は私にがっちり固定されている。
「え、困ります」
「即答はやめてくれ。こう見えて傷つきやすいんだ」
いつもの調子でそんな事言われても。そもそも何でここ?真昼間に。人が行き交う廊下で。
「何の、ご冗談ですか?」
「冗談に聞こえるのかな?」
「ばっちり。私をからかわれてるのかと」
「いやはや、さすがに冗談では言わないだろう」
「じゃ、お熱でもあります?」
「よほど俺は信用されてないんだな」
訳が分からない。惚れてるなんて言われてもちっともドキドキするような雰囲気でもないし。今日のご飯なにみたいな軽い感覚でそんな事言われても、どう返せばいいんだ。
「んー……困ったな。どう言えばいいんだ?」
「はいはい、もう結構ですよ。賈ク様のお気持ちは十二分に伝わっておりますから」
「おいおい、めんどくさいからってその反応は酷いだろう」
「あら、めんどくさいなんて私口に出しました?」
「いいや、でも顔に書いてある」
「なら話がはやいですね。私も仕事がありますので失礼します」
「ちょちょ、待て待て待て」
腕を捕まれ引き止められる。なぜ?どうして?私の貴重な時間を割かなければならないのだ。
「いやほんと急いでますんで」
「郭嘉殿に呼ばれてるんだろ?」
「そうですけど、何で知ってるんですか」
「郭嘉殿にはなまえの貸し出し許可得たから大丈夫」
「貸し出し許可ってなんですか。私は書簡かなにかですか。というかそういうの本人のいないとこで話すのやめて下さい」
郭嘉様まで絡んでるなんてこれはもう何かの計略かもしれない。二人して私を何の罠にかけようと企んでいるのか。
騙されるものか。この男は食わせ者だ。何度このへらへらした態度に引っかかり煮え湯を飲まされた事か。
思い出しただけで今目の前にいる男を殴り飛ばしたくなる。さすがに立場上そんな事はできはしないんだけど。
「と、いう訳で出かけようか」
「どういう訳か分かりませんし、丁重にお断りします」
「んー、じゃ奥の手を使おう。命令だ。一緒に来てもらおうか」
「……」
「さ、行こうかね」
言葉をなくした私の手を取り、賈ク様は軽快に歩き出す。
「ほんと何なんですか!人の気持ちも無視ですか!」
卑怯ですよ!と続けると賈ク様は歩みを止めこちらへ振り返った。
じっと目を見つめられる。はっきり言って私はこの目が苦手だ。考えてる事もいまいち読めないし、こちらを見透かされてるような気分になる。
まるで蛇みたいな目だ。じっとりとまとわりついていつの間にか絡め取られる。抜け出す事なんて許してくれない。残酷で冷たい。
「──そんなに……見ないでください」
いたたまれなくて視線を逸らす。
「お、すまんすまん」
「賈ク様は……信用なりません」
「またそんなはっきりと」
「これも何かの計略ですか?私を困らせて心の中でお笑いになっておいでですか?」
「確かに俺は危険に見えて実際危険な男だが、冗談や軽い気持ちでこんな事は言わないな」
自分で危険とか言っちゃうか。
「まだ信じられないかい?」
「もし、もしそれが本当ならばなおさらお気持ちにはお応えできません」
「どうして」
「……あなたは怖いのです。いつも上辺だけに見える、本心がどこにあるのか分からない。疑ってしまう事が分かりきっているのに、お側にいたいとは思えないのです」
そう伝えると賈ク様は困ったな、そう言って頭を掻いた。全部裏目に出るとは、とも呟く。
「裏目?」
そう問うと、彼はものすごく困った顔をした。うーんとか唸りながら苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「裏目って何ですか、賈ク様」
そして賈ク様は意を決したようにぽつりぽつりと話始めた。
「初めてあんたと話した時から気になってた。いや、本心がいいんだったな。はっきり言おう。俺は最初からあんたに惚れてたんだ」
珍しく彼の視線は定まっていない。
「んで、まぁ、その、なんだ。なまえの反応が嬉しくてついついこう、いじめてしまったというかなんというか」
これまた珍しく歯切れが悪い。
「つまり、好きだから、ですか?」
こくりと彼は頷く。やっと腑に落ちた。いつも私にだけ意地悪で、私にだけ悪戯をしかけてきて。本気で腹を立てたり悩んだりしてたのが馬鹿らしい。
「子供ですか」
「すまない」
「女は優しく扱うべしって習いませんでしたか」
「面目ない」
「まして好意あるのにそんな事ばっかしてたら嫌われますよ」
「嫌いなのか?」
「嫌いです」
そう告げると賈ク様は深い溜息をこぼした。いつもと違う姿になんだか調子が狂ってしまう。
「嫌いです。嫌いですけど、今日ほんのちょっとだけ好きになりました」
人間としてですけどね!誤解されぬよう慌てて付け足す。
「なら、これからもっと好きになっていけばいい」
気づけばいつもの飄々とした賈ク様で、さっきの姿は幻のように消えてしまっていた。
ほんと、信用ならない。まさしく危険な男だ。だけど。だけどと思う。少しだけなら信じてみてもいいのかもしれない。
「つまり愛の告白の答えはお受けします、かな?」
「何でそうなるんですか。保留ですよ、保留」
「そう言えば、郭嘉殿の了承を得たっていうあれだけど」
彼のその言葉に嫌な予感がした。
「あれ、嘘なんだよなあ」