「嫌だ」
私がそう言うと、于禁はしかめっ面で私を睨めつけた。その表情に気づかないふりをして、口を尖らせる。
「なまえ」
小さい子供に言い聞かせるような、その言い方が好き。もっと困らせたくなって、私はさらに口を尖らせた。于禁は眉を潜めて溜息を洩らす。ほら、困ってる。
「雷が怖いから」そう言って夜半に于禁の部屋を訪ね、寝ていた彼を急襲した。企ては成功し、まんまと彼の布団へと滑り込んだ。
でも于禁も一筋縄ではいかない。すぐに「帰れ」と冷たくあしらわれた。で、今ごねている所。
「嫌。帰らない」
「いい加減にしろ。このような時間に男の部屋に来るなど」
「来るなど?」
わざと首を傾げてみせると、于禁は再び溜息を洩らした。別に私は他人にどう思われようが構いやしない。そんなものなんの意味も持たない事を知っているから。大事なのは于禁の気持ちだけ。
于禁は私の事を、馬鹿で間抜けで手の掛かる、どうしようもない女だと思ってるだろうけど、でも強く拒絶できないのよね。長い付き合いだから。そこに私はつけ込むの。
「一緒に寝ようよ。あったかくていっぱい寝れると思うよ」
「断る」
「なんで。なーんーでー」
「お前が女だからだ」
びっくりした。私を女だと思ってたの。そりゃ、確かに女だけど、そんな風に見てくれてるなんて思いもしなかった。
嬉しくて抱きつくと、于禁は「頼むからやめろ」と言った。その声がなんだか上擦っていて、色々期待してしまう。
別に愛情なんかなくてもいいけど。いやあった方がそりゃいいけど、なくても一向に構わない。
「いいよ。于禁ならいいよ」
顔を上げると、于禁は困ったような、泣き出しそうな不思議な顔をしていた。それってどんな意味を含んでいるの?
「なまえ……帰れ」
于禁はそう言うけど、私は知ってる。本心じゃないでしょ。嘘をついたって長い付き合い、すぐ分かるのに。あなたって意外と馬鹿ね。
于禁が右手で自分の顔を覆った。ほら、嘘ついてる。私に欲情してるんでしょ?でも適当な事したくないって、そんな顔。
ああ、嬉しい。こんな日が来るなんて思わなかった。これを逃す手はないでしょ。私こう見えて意外と積極的なのよ。
于禁の右手を取り、顔を覗き込む。揺れる瞳が素敵。いつもの冷たい目も好きだけど。
唇をそっと合わせると、強く腰を抱き寄せられた。それが合図みたいに口づけも激しさを増す。私、こういうのも好きみたい。なんだかすごく興奮する。
唇を離したら、そのまま反転。優しく押し倒された。私を見下ろす目が、力強く光を放つ。どくり、と心臓が大きく跳ねた。
「覚悟しておけ」
低い声で凄まれて、目の前がくらくらする。胸元に唇を寄せる于禁の呼吸が、直に肌へと当たってくすぐったい。
これって見事、私の作戦勝ちよね。でも予想外にどきどきさせられてるから、勝負は引き分けかな。
大きな手に翻弄されながら、うっすらとそんな事を思った。