「ちょっ、ちょっと待っ」
今この事態が飲み込めず、舌ももつれてうまく喋れない。私の制止の声も無視して文則は首に舌を這わせている。
「……っ」
ぞわぞわとした感覚にぶるりと体が震えた。首筋を這っていた舌が鎖骨へと滑り、胸元へと移動する。
「文則っ……てば!」
彼の両肩を押し引きはがそうとしても、その体はびくともしない。
どうしてこうなるのか分からない。さっぱり分からない。怒ってるんじゃないの?怒ってたらこうなるの?昨日から混乱続きでただでさえ遅い回転がさらに鈍くなっている。
「文則っ!」
悲鳴に近い声にようやく文則がその顔を上げ、こちらへと視線を向けた。目が合った瞬間に言い知れぬ恐怖に襲われる。
冷たく光り、獲物を逃すまいとするようなその瞳は、まるで獣だ。怖い嫌だやめて。そう叫び出しそうになるのを必死にこらえる。
体が勝手に小刻みに震えてしまう。そんな私の心を知ってか、文則は口元に笑みを浮かべた。
「男を無闇に挑発するな、と言ったはずだが」
「……して、ない」
「無意識か。より質が悪いな」
「そんなこと、してない……」
文則の手が私の頬に添えられ、その指で唇をなぞられる。
「……私以外の者との口づけは、良かったか?」
「っ! そんな言い方っ」
反論しようとするが文則の唇に塞がれ、それ以上は言葉にさせて貰えなかった。
何度も何度も角度を変えながら、口内を侵される。苦しい。怖い。彼の胸を叩き抗議するが、手首を掴まれ押さえつけられる。布団へと縫い付けられた腕は少しも動かせず、抵抗すらさせてもらえない。
ようやく唇が離される頃には、息も上がり全身の力が抜けきっていた。文則はその姿にもお構いなしで私の両手首を頭の上で固定し、胸へと手を伸ばす。
「嫌だっ! 嫌! やめてよ!」
痛いほどに胸を掴まれ、思わず顔を顰めた。服の中へと侵入した文則の手が直に触れる。
「っ……」
乳房を弄ぶように揉まれ、胸の突起をつまみ上げられ、嫌だと思っているのに痺れにも似た感覚が湧き上がる。恥ずかしさのあまりきつく目を閉じ、顔をできる限り背けた。
文則の手がふいに服の中から出され、そのまま下半身をまさぐられる。
ちょっと待って。本当にだめだ。これ以上はいけない。そう思うのに声が出せない。下着をはぎ取られ、服の裾がまくり上げられ太ももまであらわだ。
「やだ……やだ……」
頭を振り懇願するも、聞き届けては貰えない。文則の指が敏感な所を擦りあげる。
「いっ……あっ」
「濡れているな」
その言葉で一気に羞恥心に火が灯り、顔が燃えるように熱くなった。
「なまえ」
ふいに名を呼ばれ、おずおずと彼へと視線を向ける。先程までの険しい表情とは違う、苦しげな顔。
「私の事など厭え。お前に他の男が近づくだけで嫉妬に身を焦がし、お前をこのように無理やり己の物にしようとする──浅ましい男だ」
そう言った瞬間、文則の指が私の中へと侵入してくる。今まで感じた事のない感覚に吐き気がこみ上げた。
「あ……あ、あ……」
制御できない声が口から漏れる。
「文則っ……文……則……」
怖い怖い怖い怖い。助けて。嫉妬?彼をこうさせたのは私。私が悪いんだ。大丈夫、私はずっとこうしたかったんでしょ。彼と交わりたいと思ってたでしょ。だからだから大丈夫。
文則の荒い息が聞こえる。薄く開けた目から苦しそうな顔が見える。
「嫌いじゃ……ないよ。嫌わな……い」
言わなくちゃ。大丈夫だって。早く早く、言わなくちゃ。何かに急かせれるようでうまく言葉が出て来ない。
「っ……文則」
いつの間にか自由が効くようになった手で彼の腕へとしがみつく。得体の知れない焦燥感はどんどんと増していき、全身を駆け巡る。
「あ、ああっ……やだ! やだ!」
とめどなく押し寄せる波のような感覚に恐怖で体が強ばってしまう。自分の意識と関係なく涙が溢れ、目の前が滲んでいく。
「なまえ」
文則の声が聞こえた瞬間、何かが弾け目の前が白く光った。目の前だけじゃない、頭の中まで眩しい光に包まれる。
「はっ……はあっ……はあっ」
体が震え息もできない。自分の身に何が起こったのか理解できず、ただ酸素を求めた。
「なまえ……なまえ」
名を呼びながら文則が、私の体を抱きしめる。
ぼんやりとした意識の中で、やっぱり彼を愛しいと思う。怖くても、腹が立っても、悲しくなっても、それでもやっぱり私は文則を好きなのだ。
嫉妬だなんて、する人だと思わなかった。それくらい私のこと好きなんだって、自惚れてしまうよ。
「やきもち……妬いちゃったの?」
その言葉にぎょっとしたように、文則が顔をあげた。
「やきもち」
強調するようにもう一度言う。途端に彼の眉間に皺が刻まれた。でもめげない。
「やきもち妬かせてごめんね?私、罪な女みたい」
わなわなと震える彼を見て意図せず頬が緩んでしまう。
「ねぇ、文則。まだ祝言あげてないんだけど」
「……っ」
「責任とって、最後までして」
そう言うと彼は困ったように唸った。それから覚悟を決めたように囁く。
「挑発するなと何度言わせるのだ。途中で後悔するなよ」
これでいいんだ、そう頷く。だってこんなにも文則は私を好きなんだと知れたもの。後悔なんてしない。
痛みが広がっていく。だけど心は甘く満たされる。私を呼ぶ切羽詰まったような声に、頭がくらりとした。
「で? どの辺にやきもち?」
文則の腕の中でまどろみながら、聞いてみる。思わずにやにやと笑いがこぼれてしまう。しかし文則はこちらをちらと見た後、質問に答えずに目を閉じてしまった。
「ちょ、ちょ! 寝ないで! 答えて! どこ? どこなのー!?」
甘い言葉を期待したのにそれはあっさりと裏切られる。さっきまでの私の事愛しくて堪らないみたいな雰囲気はいずこへ行ってしまったの!
「ねぇねぇねぇねぇ」
文則の頬を指でつんつく突っつく。その攻撃に根負けしたのか、彼の手が私の手を掴んだ。そして空いていた腕で抱き寄せられ、耳元でこう言われた。
何もかもだ、と。