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[ 8 ]
「なまえ様、飲んでますー?」

李典が盃片手にものすごく上機嫌に近付いて来た。すでにその頬は微かに赤みを帯びている。

「飲んでる、飲んでる」
酒は苦手だ。どうしてそんなに美味しくもないのに、みんな喜んで飲むのかさっぱり分からない。

意外と酔っ払いの相手もめんどくさい。さすがにそこまで正直には言えず、飲んでるふりはしておく。その言葉に満足したのか、李典は私の隣へと腰を下ろした。

長かった戦もひとまず勝利を得、武官達はようやく帰還する事ができた。今宵はその祝杯という訳だ。

普段ならばこのような場に私が出る事はない。けれど私だって文則と久しぶりに会えたのだ。明日からまたしばらく一緒に居れるとは言え、帰ってきたその日に顔も見れないなんて寂しすぎる。

文則が戦へ出てから、枕を彼に見立て抱き締め、口づけし、添い寝して堪えてきた。健気すぎて涙が出そうだ。と、言うようなことをお父様にかいつまんで話したら、宴会に出る許しを貰えた。

隣で話を聞いていた、元譲の顔が何こいつ気持ち悪いみたいに歪んでいたのはおそらく気のせいだろう。

「でね? その時楽進がすっ転んでー」
「李典殿! もうやめてください!」

さっきから何回同じ話を聞かされているのか、私は。李典も楽進もだいぶ酒が進んでしまっているようだ。こっちの様子なんて気にもしちゃいない。

軽く溜息をつき、文則の方へ視線を送る。壁際で一人静かに飲む姿はとっても様になる。本当は側に行きたいが、宴が始まってすぐに追い払われてしまったのだ。

自分が行けば場の雰囲気が壊れるし、なまえがそれに付き合う事はない、だって。なまえが居た方が他の者も盛り上がるだろう、って私はそういう要員なのか。

そんなに場をどっと湧かせるような技は持っていないのだが。どちらかと言えば李典の方が向いてると思う。

しばらく思念を送っていると、文則が不意に顔を上げこちらを向く。視線が合うと、ものすごく訝しげな表情をされた。

手を振ると呆れたようにまた視線を逸らされてしまう。なんでよー。酷いとか思いながらちょっとへこむ。

「ちょっと聞いてます?なまえ様」
振り返ると目の前に李典の顔があった。むっとしたように口を尖らせ、こちらを睨んでいる。その目は完全に座ってしまっていた。

「聞いてるよ、聞いてる」
「それで、どうなんです?」

本当はまったく聞いていなかった。思わずきょとんとしてしまう私に彼は少し不服そうに続ける。

「于禁殿とどうなってるんです?」
「どう、って。……普通?」
「あー! そうじゃなくて!」

頭をがしがしと掻き毟る李典の質問の意図が分からずに、当惑してしまう。どう?とか言われても。何がどうなのか。そうじゃないとはどういう意味なのか。

答えに困った私に業を煮やした彼は、私の耳元へ顔を近づけ囁いた。

「もう共寝しました?」
その言葉に思わず固まる。なぜ、それを知りたいのか。知ってどうするのか。そもそもそれを女に聞くか?李典の顔を見るといやらしくにんまりと笑みを浮かべていた。

「李典」
「はい」

確かに酒の席だけど無礼講にも程がある。わざわざ答える義理もないし。とりあえず彼の両頬を思いっきり左右に引っ張ってやる。

「いはいいはいいはいれふ!」
「そうか痛いか」
「ふいまへん!ごめんなはい!」

その様子を見て楽進がけらけらと笑う。この辺にしておいてやるか。李典の頬から手を離すと、痛いーとか唸りながら若干涙目でさすっていた。思い知ったか。

「楽しそうだね」
頭上の声に顔を上げると、郭嘉がにこやかに微笑みながら立っていた。こちらに軽く会釈してから、飲みすぎだと李典をたしなめている。

「酔っ払いの相手はまかせて」
そう彼が私に耳打ちし、李典の隣へと腰を降ろした。李典の意識が私から離れた隙に立ち上がりその場をそっと離れる。

宴の盛り上がりは最高潮に達し、あちらこちらで大きな笑い声が響く。心なしか部屋の温度も高くなっている気がする。とにかく一度この喧騒から離れたくなり、そのまま庭の方へ足を進めた。

外の空気はひんやりと心地良く、火照った体を冷やしてくれる。なかなかどうして酒宴とは大変だ。

酔っているのは李典だけではない。あちらこちらへ呼ばれるし、なんだか大声で同じ話を繰り返されたり、いきなり泣き出されたり。文則は構ってくれないし。

「会いたくなかったのかな」
会いたくてたまらない、なんて文則にあるんだろうか。じっと考えてみるが、いくら考えてもしっくり来なくてちょっとおかしい。

文則は自分の感情に振り回されたりしないんだろう。きちんと自制して暴走したりなんかしない。羨ましいな、と思う。

私なんかいつも振り回されてしまうのに。水面に映った朧月をぼんやりと見つめながらそんな事を考える。

「なまえ殿」
背後から声を掛けられ、思考を遮られる。振り向くと徐庶殿がこちらへゆっくりと歩いて来ていた。横へと並び、じっと私を覗き込む。

「大丈夫ですか?」
「あんまり飲んでないから大丈夫よ」
そう答えるといえ、そうではなくと笑われた。

「騒がしいのはお嫌いですか?」
「嫌いじゃないけど、ちょっと疲れちゃったかな。あ、でも酒は苦手かもしれない」
「そうか……。じゃあ少しお話でもしませんか?俺でよければ」

なんとなく、違和感を感じる。いつもの徐庶殿と何か違うような。その正体がいまいち分からぬまま私は頷いた。

「えー。私ってそんなにわがまま?」
「いえ……わがままとかではなくてですね、その、なんというか」
「ひどいー。徐庶殿はそんな風に私を見てたんだ」

じとっと睨めつけ軽くむくれて見せると、彼は困ったなというように苦笑する。徐庶殿の中で私は自由奔放に見えるらしい。

それってつまりわがまま娘。若干自覚はあったけど、実際口に出されたり聞かされるといい気分じゃない。もっと困らせてやれと、不機嫌に口を尖らせる。

「やっぱりそういう評価なんだ。どうせわがままですよ。女らしくもないですよー」

徐庶殿は私が言ったことにいちいち反応を返してくれたり、慰めてくれる。そこは素直に嬉しい。どちらかと言えば他の人は私をぞんざいに扱うし。まあそれは私に原因があるんだろうけど。

そんな事ないですよ、なんて言ってくれるのかと思っていたが徐庶殿からの返事はない。彼の方へと振り向くと、なんだかとてつもなく真剣な顔をしていた。

どことなく思い詰めた表情にも見え、またまずい事言ってしまったのかとかもしや体調が悪いのかとかいう考えが頭をよぎる。

「徐庶殿?」
「なまえ殿は、素敵な女性です」

急にはっきりと言われ面食らうが、徐庶殿はそんな事もお構いなしだ。真っ直ぐ私の目を見つめている。

「いつも明るくて、笑顔が良く似合う」
そんな事言われたことないし、あまりにもきっぱり言い切るものだから意図せず頬が熱くなってしまう。

「え、やー。そんな、そんな事ないよ」
たじたじってこういう時に使うのか。徐庶殿の言葉や視線になんだか居た堪れない。恥ずかしくて視線を逸らした。

「あなたは……とても魅力的だ」
徐庶殿の腕が伸びてきて、あっと思った時には柵と彼に挟まれていた。いつもより強い眼光に、視線が、離せない。

「え……えっ?」
これはいったいどういう状況なんだろう。近いから離れての意味を込めて、両手を胸の前に持ち上げてもそれすら無視されている。

「よ、酔ってるの? 徐庶殿」
「うーん、少し」
「絶対少しじゃないよね!」
「少しです」

足元の小石が音を立て彼の体が更に近づき、近いという言葉だけが頭を巡る。心臓が口から飛び出すんじゃないかというくらいうるさい。

「ちょっと、徐庶殿──」

離れてという言葉は彼の熱い唇によってくぐもった音になって消えてしまった。時が止まったように瞬きすらできない。

傾けられた徐庶殿の頭越しに文則の姿が目に入った。体から熱が奪われ急速に冷えていく。それと同時に全身の血が沸騰するように熱くも感じる。

よりによってこんな所を見られるなんて。これは立派な裏切りではないか。けれど確かに目が合ったはずなのに、文則はそのまま体を翻し行ってしまう。

なぜ。疑問と焦りと罪悪感としっちゃかめっちゃかな感情が渦巻く。

「……俺はなまえ殿が好きなんです」

徐庶殿の言葉が考える事を放棄した頭に響く。ぐわんぐわんと揺れ、体も揺れて足元の地面がぐにゃりと歪んだ。私はどうして、どうしたらいいの。

遠くで誰かのけたたましい笑い声がした。
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