▼ 09
アー…アー…ァー…
ブン太の声がだだっぴろいグラウンドにこだまする。
水道のまわりに集まっている黄色い軍団が一斉にこちらを振り返った。
「ヒッ」
すぐさま後ろへ方向転換して人生で一番輝くスタートダッシュを決めた。
がしかし、バフッという効果音とともに厚い胸板に進路を阻まれる。
「おっと…大丈夫? あれ、苗字さんじゃないか」
さっきぶりだね、とにこやかに笑った幸村さんはやはり美しかった。
---
「じゃあ今日のミーティングを始めよう」
私は今、テニス部の部室にいます。
汗とほこりと、あと何とも言えない臭いが鼻腔を刺激する。
コンクリートの床ははざらざらと砂がまじっていた。
スカートなので体育座りするわけにはゆかず、女の子らしく座る。
すると転がっていた大きめの石がふとももに食い込んで、もう、帰りたい。
「なにがじゃあなのかわからない、とでも言いたそうな顔だな」
「ヒッ」
「...ふむ」
横でノートにペンを走らせている男は言わずもがな柳蓮二である。
読心術でも心得ているのか。心得ているのはいいけど大声で言わないでください。
「ごめんね苗字さん」
「はあ...」
ちっともすまなさそうじゃない幸村さんは笑顔で「面白そうだったから、つい」と笑った。
さすが面白そうだったからと柳生の持ち歌を奪っただけある。
「とりあえず先にレギュラーミーティングだよね。今週は...」
幸村さんが綺麗な声でミーティングをはじめだした。
柳生は丁寧にメモをとり、柳さんはいつのまにかホワイトボードの前に移動しており書記につとめている。
ブン太と仁王も楽な姿勢ではあるがきちんと聞いていた。
ジャッカルは言わずもがなだが、時おりこちらに心配そうな、すまなそうな視線をくれるところがやはり素敵である。
しかし問題は真田と赤也である。
なにぶんはじめましてな二人だから、こちらへの威圧がすさまじい。
真田、眉間にしわ寄りすぎだよ。怖いよ。
なんだか、自分の場違い感がどんどん増していくような気がする。
これこっそり帰ってもばれないんじゃないかな。
そろっと立ち上がろうと足を動かした時、柳さんと目があった。
...開眼で。
反射的に動かした足をもとに戻す。
何事もなかったように再び書記に戻る柳さん。
こわいこわいこわい。
心臓バクバクしたよ。今も若干してるよ。
「以上。全国大会が迫っているんだ。気合い入れていくよ」
「イエッサー!」
いつのまにかミーティングは終わっていたようだ。
はやめに終わらせたな、と仁王が呟く。
なんでだろうと首をかしげたら、仁王と目があった。
が ん ば れ
口パクで仁王が私に話しかける。
フッと笑う仁王はとてつもなくイケメンで、とてつもなくセクシーで、あっやばいつらい
「...で、ジャッカルどういうことなの?」
幸村さんがまっすぐジャッカルを見据える。
ジャッカルは幸村さんの人をどうにかできそうな視線から目を背けた。
瞬間ブン太が「やっぱり」と呟く。
半信半疑だったんかい!
「じゃあ苗字さんに聞いちゃおうかな」
語尾に音符でもつきそうなその口調に、さきほどの仁王の言葉の意味を理解した。
prev / next