▼ 仁王先生
私の通っている塾は全国に展開している有名な進学塾だ。
雰囲気は堅く、課題も厳しい。
正直楽しいとは思えないけれど、塾の皆は文句を言わず通っている。
勿論私も例外ではない。
もうすぐ大学受験を控えているというのもあるけれど、私には別の理由がある。
仁王先生は数学の先生だ。
各地の塾を講義して回っていて、私の地域の塾にも勿論来てくれる。
仁王先生の講義はユニークで、且つわかりやすい。90分間にも及ぶ講義のなかで、生徒を飽きさせることなく数学の力を底上げしてくれる。
テンポの良い授業と時折混ぜる手品(本人いわくイリュージョン)がとにかく楽しくて仕方ない。
私はこのつまらない塾のなかで、仁王先生の講義をゆいいつ楽しみにしているのだ。
「ひと月ぶりかのう」
ひょいと仁王先生が受け付けに顔を出す。
今日は待ちに待った、仁王先生の講義の日。
いつものように最前列に座り、ノートをひろげる。
仁王先生用のノートは、講義の回数が少ないゆえにまだ半分もいっていなくて、少し寂しく感じた。
「おー、おー」
仁王先生が教室を見渡す。
講義用のすこし大きめの教室は、見事に人で溢れかえっていた。
「すまんが、立ち見はプリントが無いんじゃ」
仁王先生がプリントを配りながら呼び掛ける。
立ち見の人らが教室を出ていくと、仁王先生の講義がはじまった。
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「今日はこれで終わりじゃ」
講義が終わって、私は余るほどの充実感を感じながらノートを閉じる。
すると、仁王先生がふたたびマイクを傾けた。
「あー...実は、おまんらに話があるんじゃ」
「...?」
なんだろう、と首をかしげていると、
「もうこの塾の講師はできないんじゃ」
ええっとどよめきが起こる。
私は驚きのあまり口を半開きにしながら仁王先生を見つめてしまった。
「契約が今月末だったからの、寂しいがこれでお別れぜよ」
「そんな...!」
まだおさまらないどよめきを教室に残して、仁王先生は出ていってしまった。
衝動のままに銀の尻尾を追いかける。
見た目によらずしわひとつないスーツにしわを刻む。ふりむき驚いた顔を向ける仁王先生の目をまっすぐ見据えた。
「先生、これでお別れは、いやです」
「なんじゃ、寂しいんか?」
「先生の講義、もっと、受けたいです」
「...」
「先生、」
「俺のいる大学に来んしゃい。
個別に授業、してやるぜよ」
「え、」
憧れの先生と、その先
(それって、どういう)