海上ランデブー / クザサカ



あのセンゴクの粋な計らいにより休みをもらったクザンはワクワクしながらそれを待っていた。
同じく休暇届を貰ったサカズキが曲がりなりにも予定は自分が立てると言ったのだ。
一体どんな予定を立ててくれるのだろうかと思うと楽しみで仕方がない。


「まだかなぁ・・・」


そうお預けをくらった犬のように顎を机の上に載せて目をつむり眠る電伝虫を見る。
予定は立てるから仕事をしろと言われたので昨日は仕事をそれなりにして、ワクワクしながら眠りについて起きて今に至る。
まだ予定を貰っていないため仕度することも出来ず、とりあえず私服に着替えて個人の部屋で連絡を待っているわけだがいっこうに来ない。
そろそろこちらから出向こうかと思った瞬間だった。
電伝虫が目を開けて鳴り始めた。


「もしもしっ!」

『っ・・・早いのォ・・・ワンコールで出たぞ』

「そりゃあ待ち構えてたからね。で?どこ行くの?」

『・・・適当な着替えを一式持って来い。お前の軍艦の前で待っちょる』

「了解!」


とりあえず予定は分からないが着替えと言う辺り妙な方向に頭が働いてしまう。
とにかく適当と言われたのでその通りにシャツとズボンと肌着を違うカバンに詰めて、クザンは部屋から出た。
階段を下りて、急いで自分の軍艦が停泊している敷地に行けば私服姿のサカズキが待っている。
いつもならあの赤いスーツやコートで見えない腕が露出されていてクザンはガラにもなくこの季節に感謝した。


「待った?」

「そんなに待っとりゃあせん」

「・・・そこは遅いじゃない!もう!って可愛く言ってよ」

「言うか。バカタレ」


デートだと言うのにいつも通り淡泊なサカズキの態度に不満を覚えつつも、クザンは何を使って行くのか気になった。
サカズキのことだ。私用で軍艦を使うことはないだろう。
しかしサカズキはいつまで経ってもそこを動かない。


「何で行くのよ船?」

「お前の自転車に決まっとろうが。ほれ早よう持ってこい」

「じっ自転車ぁ!?」


まさか自転車で行くとは思いもしなかった。
その行くところは自分の体力が持つほど近場なのだろうか。
しかしサカズキと自分の感覚は少しずれているのは承知済みだ。
意外と遠いのかもしれない。


「場所は?」

「新世界の方じゃ。西南西に50キロほど走りゃあ見えてくるはずじゃけェ。バテたら途中で交代しちゃる」


サカズキはそう言ってクザンの後ろに立つ。
どうやら本気らしい。
クザンはあまり気が進まなかったがサカズキが言うのだからと自転車を取りに軍艦へ向かった。



◆◇◆




クザンの予想通り自転車で島まで行くのは少し大変だった。
最初は後ろに乗っているサカズキの温もりが愛しく思えたが、何か話そうとするたびに海王類や怪鳥が現れまともに話も出来ない。
まさかそれを狙った上でこんな提案をしたのかと思ってしまうがサカズキは戦闘の面では切れるものの、デートの類では大した戦略は立てられない。
おそらく何か別の意図があるのだろうなと期待しつつもクザンは自転車をこぎ続ける。


「おい。クザン」

「ん?」

「お前は・・・後輪に何か台座はつけんのか」


おそらく他意はない。
後輪に台座がないため、サカズキは立ったままクザンの肩に掴まって乗っている。
それが苦なわけではないが、気になったので訊いてみた。それだけだろう。
しかしそう訊かれてクザンは少し調子づいた。


「何?つけてほしいの?」

「んなことは言うちょらん。つけんのかと訊いとるんじゃ」

「んー・・・あんまり二人乗りはしないからつけないんだけど・・・サカズキがつけてほしいならつけるよ」

「じゃけェんなこと言うとらんじゃろうがっ・・・!」


そう言えばサカズキの言葉に動揺が走る。
それを聞いてクザンはますます拍車がかかったようだ。
ニヤニヤと笑いながらサカズキに話しかける。


「台座つけたらサカズキと一緒に散歩出来るしねぇ・・・つけようかなぁ」

「サボる気か」

「違うよ。デート」

「結局サボリじゃろうが!つけてもわしは乗らんけェのお!」

「じゃあ後輪にじゃなくて、抱えてデートしようか」

「っ!」


クザンは今度は後ろに振り返ってサカズキの顔を見て言った。
その笑顔で自分がクザンの肩に担がれて海を渡る姿をありありと想像出来たらしい。
照れくさそうに顔を赤らめてうつむいてしまった。


「それが嫌だったら横抱きでもいいね。あ、何なら前で抱っこしてもいいし・・・海上デートも色々と出来るもんだ」

「もう黙っちょれ!前見て運転せい!そろそろ着くぞ!」

「え、本当?」


クザンの軽口がうざったくなったのかサカズキはそう言った。
確かに言われて前を見れば小島が見えてきた。
小島というよりは海の上に浮かぶ砂と言った方がいい。
本当に小さくよくもこんな小さな島を見つけられたものだと感心してしまう。


「こんな島よく見つけたね。地図にないでしょ」

「前通った時に偶然見つけてのォ・・・それ以来気になっとったんじゃ」


サカズキはそう見つけた経緯を話す。
それを聞いてクザンはふと笑ってまた振り返り、サカズキの顔を見た。
サカズキは何だと言わんばかりの仏頂面でクザンを見る。


「まさかオレとのデートのために下調べまでしてたなんて・・・照れちゃうねぇ」

「違うわい!お前の約束の前に見つけて気になっとったんじゃけェ!勘違いするな!」

「でも気になった島をオレとのデートに選ぶってことはあながち勘違いでもないでしょ?」

「っく・・・!」


どうやら図星らしい。
せめて言葉だけでも否定しておけばいいものを。本当に嘘をつけない性格なのだろう。
しばらくこいでようやく島の砂浜にたどり着けた。
自転車を波にさらわれないところに置いて、島をぐるりと見渡してみる。
小島は砂浜に木や花が生えているだけで、島特有のジャングルもなく、生き物が住むには全てが少なすぎた。
地面は全て砂地で、向こうを見れば島の反対側が見える。
島というより箱庭に近いかもしれない。


「綺麗だねぇ。小さいし何もないし」

「そうじゃろう?たまにゃあこんな小さい島で余暇を過ごすのもいいものじゃあ思うてのう」


サカズキはそう言いながら自転車の脇で靴を脱いだ。
そして靴下も脱いで靴の上に置き、ズボンをまくる。
その動作は明らかに水遊びをする下準備でクザンは少し慌てた。


「ちょっ・・・オレ達能力者だよ!?水使ったら危険でしょ!」

「大丈夫じゃァ。じゃけェこの島を選んだんじゃ」

「え・・・?」


そう言ってサカズキは踵を返して海へ向かう。
しばらく考えてクザンはようやくサカズキの意図が分かった。
そんな弱点がある以上、敵や猛獣などがいる島で水遊びなど出来ないがこの箱庭のような小さな島ならばそれは問題ない。
何せ島の端から島の端まで視認出来るほど小さいのだから敵がいればすぐ分かる。


「・・・本当はオレと来たかったんじゃないのよ。素直じゃないなぁ・・・」


クザンはそう呟いて笑い、自分も遊ぶかと靴と靴下を脱いでズボンをまくった。
そしてサカズキがいる所まで歩いて行く。
サカズキは久々に触る海に足をつけて砂が流れる感触を楽しんでいた。


「どう?冷たい?」

「あぁ。冷たいのう」


サカズキの隣りに立って自分も海の感触を味わってみる。
確かに冷たく、久々に触るため懐かしい感覚が走る。
ふとサカズキを見るとサカズキは一歩踏み出してもう少し深い所へ行った。


「溺れたら助けられないからね」

「そこまで行くか」

「・・・心配だからオレもそっち行くよ」

「子供じゃああるまいし・・・大丈夫じゃ」


そう言うがサカズキは嫌そうな顔はしなかった。
それを確認してからクザンはサカズキの隣りにやってくる。
サカズキはくるぶしまで海に浸かり、足の指を動かして砂を握ったりしていた。
その少し揺るんだ顔からして本当に楽しいのだろうなと思った瞬間、一つ良いことを思いついた。


「・・・サカズキ」

「ん。何じ・・・・・うわっ!」


つい出来心でクザンはサカズキに足を引っかけた。
足だけと言えども水に浸かっているサカズキは簡単に転んでしまい、びしょぬれになってしまう。
突然の出来事に尻餅をついたまま目を白黒させいるサカズキを見て、クザンは思わず笑ってしまった。


「笑うなっ!お前が突然足を引っかけるけェ転んだんじゃ!」

「だって可愛いんだもん。楽しそうに水遊びしちゃってさ」

「っ・・・覚えちょれよ・・・!」

「ははは・・・え?うぉおっ!」


サカズキは意味深長な台詞を言った後、クザンの足をすくった。
バランスをくずしたクザンは後ろに倒れてサカズキと同じようにびしょぬれになる。
そして同じように目を白黒させて状況を判断しようとしているとサカズキは座ったまま得意げに笑った。


「仕返しじゃァ。バカタレが」


その笑みがいつも見せるようなモノではないことにはすぐに気がつけた。
それでも何やら挑発されてしまったような気がして、クザンはとりあえずサカズキに一つ確認した。


「・・・着替えはあるんだよね?」

「当たり前じゃろ。言うたろうが」

「・・・じゃあ少しぐらいびしょびしょになってもいいわけだ」

「!!」


クザンがそう言った瞬間、サカズキは立ち上がろうとした。
しかしその前にクザンが立ち上がってサカズキに抱きつき海の上に押し倒す。


「バっ・・・バカタレっ!何すんじゃい!」

「いやぁねぇ・・・海兵でもなかなか海水浴って来られないじゃない?だから楽しんでおこうと思ってさ」

「バカか!離せ!」


そう言ってサカズキは暴れる。
そして抵抗としてクザンの胸ぐらを掴み、横に倒した。
一度マウントポジションを取れたサカズキだったが、すぐにクザンはサカズキを横に倒してまた自分が優位に立つ。
そんなことを何度か繰り返しているうちに、二人は砂まみれになり服は水を吸って重くなっていた。


「っもう降りろ!着替える!」

「えぇ・・・」


そう怒鳴られてクザンは渋々どいた。
確かに自分も服が濡れて不快感がある。それに肝心な所まではいけなかったもののサカズキをびしょびしょにさせて楽しめたのだからここまでにしておく。


「ったく・・・お前は子供か。びしょぬれになっちまったじゃろうが」

「いいじゃない。着替えあるんでしょ?」


クザンの意見はそれなりに正論ではあったがサカズキは不服そうな顔をする。
そして自転車を止めたところまで戻るために砂浜を歩く。
クザンはちらりと隣にいるサカズキを見た。
シャツはびしょぬれで肌にくっついていて、乳首がかなり目立って浮いている。
ズボンも同じぐらい濡れているため肌着のラインがくっきりと見えて、何やらひどく扇情的だ。
着替える前に今度は本気で押し倒してみようかと考えていると、サカズキはすでに自転車の近くに置いたカバンの前にいた。
着替えを探しているらしく、その前に実行せねばとクザンは小走りでサカズキの元へ向かう。


「サカズ・・・ん?」


サカズキは確かに着替えを探していた。
しかしすでに服は持っているのにまだ探している。
少しあせっているところを見るとあるはずだが見つからないのだろう。


「どしたの?忘れ物?」

「いや・・・忘れたわけじゃあないんじゃが・・・」

「・・・何がないの?」


クザンがそう訊くとサカズキはうつむいて、動きを止めた。
どうやら訊いて欲しくなかったようだが、クザンは気にせずに答えを待つ。
しばらくしてサカズキはぽつりと言葉を漏らした。


「・・・・・肌着を忘れたようじゃァ・・・」

「・・・・え!?まじで!?」


クザンは驚いた。
まさかサカズキが子供のようなミスを犯すとは思ってもいなかったからだ。
しかしその状況が今、自分にとって得な状況であることに気がつく。


「あらら・・じゃあどうしようか。履かないで帰る?」

「からかっちょるんか・・・?」

「じゃあどうすんのよ」


そう追い打ちをかけるように言えば、サカズキは悩んだようにまたうつむいてしまう。
対応が思いつかないのではなく、この対応を言うか言うまいか悩んでいるのだろう。
クザンは言わせたくてわざと黙ったまま、サカズキを見ている。


「っ・・・・・お前は・・・着替えは一式だけじゃろう」

「ううん。パンツだけなら二枚ある」

「・・・気色悪いほど用意がいいのォ・・・」

「偶然だよ」


実際は本当に偶然だ。
まさかサカズキが忘れるとは思ってもいなかった。
ふとした思いつきでカバンにつめたこの肌着がこのような形で役立つとは人生は何があるか分からないものだとクザンは内心ほくそ笑みながらそう言う。


「まぁいい・・・貸してくれるかのう・・・あとで洗って返すけェ」

「うん。いいよ」


クザンはそう言ってカバンから自分の着替えを出す。
そして奥からビニル袋に入れた肌着を出して渡した。
サカズキは礼を言ってそれを取り出す。
そして、一瞬固まった。


「・・・どしたの?」


そう聞いてもサカズキは返事をしない。
自分の肌着を持ったまま、何か考えているようだ。
何を考えているのだろうかとクザンもしばらく考える。
そして、ようやく分かった。
サカズキは着替える場所を考えているのだ。
ここは草木もまばらな箱庭のような島。
木の影で着替えることも出来ないし、茂みの中で着替えることも出来ない。
おそらくいつものサカズキなら気にせず脱いだだろうが、今はクザンが目の前にいるのだ。
脱ぐのに抵抗があるのだろう。


「・・・サカズキ」


そうサカズキの言わんとすることを悟ったような声を出せばサカズキはクザンをキッと睨むように見た。
鋭い視線に思わず下がりそうになるが、ここは何とか耐える。


「オレのことなんか気にせずに脱ぎなよ。昔は同じ部屋で着替えたでしょ?」

「じゃけェ嫌なんじゃァ!」

「何?トラウマになってんの?海軍大将とあろうサカズキが?」

「じゃあかしいわ!」


昔、というのは中将の頃の話だ。
鍛錬が終わった後に、クザンとサカズキは着替えるために同じ更衣室で着替えた。
その時のクザンがした出来事は未だに忘れられない。


「大丈夫だよ。今は何もしないから」

「・・・疑わしいのォ・・・」

「あらら・・・そんなにオレのこと信用出来ない?」

「出来ん」

「ひでぇ・・・」


サカズキにきっぱりと言われてしまいクザンは落ち込んだ。
しかしサカズキは妥協する気もないらしい。
それでもクザンをどうにかしなければサカズキは着替えることが出来ないのだ。


「大丈夫だって。何もしない」

「・・・絶対だな」

「うん。もし破ったら何してもいいよ」

「・・・・・・・・・」


クザンのその言葉を信じてサカズキはとりあえず着替えることに決めた。
まず濡れたシャツとズボンを脱いで、木にかけておく。
そして濡れてしまった肌着を脱ごうとした瞬間だった。


「・・・・・ジロジロ見るな!」

「いいじゃないの。減るもんじゃないし」


ふと振り返ればクザンはサカズキをじっと見ていた。
サカズキの一挙一動を決して見逃さないという意思がありありと伝わってきて、サカズキはそう怒鳴ったがクザンは全く視線をそらさない。


「何もせんと言うたろうが!」

「だから何もしてないじゃない」

「っ・・・!」


確かにクザンの言うことは間違ってはいない。
しかし見られていると気になってしまう。
いつまでも着替えられずにクザンの方を睨んでいるとクザンは口元をつり上げた。


「何か女の子みたいだよ。サカズキ」

「あ!?」

「だって顔赤くしてこっち振り返って見てんだもん。可愛いよ」

「っ・・・わしゃあ男じゃァっ!見られるぐらい大したことないわい!」

「あらそう?なら着替えなよ」

「っぐ・・・」


完全に押されているサカズキはもう覚悟を決めたらしい。
ぷいっと背を向けて着替えを再開した。
肌着を脱いでまた木にかけて、クザンから借りた肌着を履く。
そして自分が持って来たシャツとズボンを履いて、あれほどしぶったわりには早々に終わってしまった。


「ほら。何もしてないでしょ?」

「っ・・・・・・」


サカズキは文句を言いたかったが実際は何もされていないのだ。何も言えることはない。
とにかく自分も着替えようかとクザンは着替え始める。
サカズキは何か仕返しをしてやりたい気持ちになったがこの男は着替えを観察しても何をしても自分の都合のいいようにしか変換しないだろう。
今は仕返しする機会を狙っておこうとサカズキは決めて、クザンにこれからのことを相談した。


「次はどこに行くんじゃ」

「え?このあと決めてないの?」

「あぁ、決めちょらん・・・ここ以外来るところが思いつかんかった」

「ふぅん・・・」


そう言われてクザンは少し考えた。
ということはこの後は暇になるわけだ。
それではせっかくの休みがもったいない。
しばらく考えてクザンは思いついたように声をあげてサカズキに提案した。


「じゃあさ。次はオレが行きたい所でいい?」

「あぁ・・・別に構わん」


クザンの提案にサカズキは快く乗ってくれた。
返事を聞けば善は急げだ。クザンはすぐに着替えて、移動する仕度をする。
するとサカズキがクザンを呼び止めた。


「あぁ・・・いい。今度はわしが運転しちゃるけェ」

「何で?別にオレが運転してもいいのに」


サカズキの意外な一言にクザンは驚いたが断ることもなくサカズキに譲った。
しかし何故そんなことを言い出すのか気になり、クザンは自転車の後ろにまたがりながら訊く。
するとサカズキはクザンに背を向けたままポツリと答えてくれた。


「・・・わしの我侭に付き合うてここまで来たのはお前じゃろう。じゃけェ次はわしが運転しちゃる」


そう照れくさそうに言うサカズキを見て、クザンはポカンとしてしまった。
そしてすぐに嬉しさと愛しさが沸き上がり、思わずサカズキの背中に抱きつく。


「サカズキ大好きだっ!」

「うぉっ!バカタレ!じっとしちょれ!」

「好きだ。大好きだ!」

「バっ・・・変なところを触るな!ちゃんと掴まれ!」

「それどっちよ。触らなきゃ掴まれないでしょ」


また揚げ足を取るような発言をしたのでサカズキはあえて無視して自転車をこぎ始めた。


何気に続きます。
こういう屁理屈ごねるクザンが好き。
そしてタイトルのセンスのなさに定評がある豆助

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(10.07.06)




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テーマ「人外ファンタジー」
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