追いはぎ / 蛇サカ
サカズキは七武海が嫌いだ。
理由至極単純に海賊だからだ。
海賊を誰よりも嫌い、憎むサカズキにとって特例で許された海賊がマリンフォードにいること自体が虫ずが走る事なのだ。
それがもちろん女であっても。
「ちっ・・・」
サカズキは思わず舌打ちをした。
目の前に七武海の海賊女帝のボア・ハンコックがいたのだ。
今日は七武海も交えた会議があったのだ。
しかし確か会議にハンコックはいなかった。それでも今はここにいる。
ということは会議に出ずに今頃来たのだろう。
『嫌なタイミングじゃのォ・・・』
今マリンフォードの時期は梅雨。
庭に面した廊下を歩きながら、ふと横を見れば紫やピンクのあじさいが咲いていて情緒がある。
そんな景色を楽しみたくてこの廊下を通ることを選んだのだが、ハンコックも同じ事を考えていたらしい。
咲いているあじさいを屈んで見ている。
それだけを見ればひどく美しい光景だが、海賊嫌いのサカズキにとっては嫌悪感がフィルターとなっているため何の感慨も湧かない。
「きれいじゃの。サロメ」
どうやら幸いにも本人はこちらに気がついていない。
気付かれて面倒なことになる前に去ろうとサカズキは踵を返した。
その瞬間だった。
「おい!そこの赤い男よ!止まれ!」
「・・・・・・」
ちょうど振り返ったハンコックの目に止まってしまったらしい。
呼び止められてしまった。
このまま聞こえなかったふりをして行こうかと思ったが、おそらく噂からして自分を逃がすことはしないだろう。
「・・・何か用か・・・海賊が」
「なんじゃ。わらわが声をかけてやったと言うのに・・・もっと嬉しそうな顔は出来ぬのか!」
「海賊に話しかけられても嬉しくはないのォ。何の用じゃ」
そう吐き捨ててサカズキは用件を急かす。
するとハンコックはサカズキの服を上から下まで見た。
まさか服装について咎められるのだろうかなどと言葉を予想をしているとハンコックはとんでもないことを言い出した。
「その服をわらわによこせ」
「あぁ?何故じゃァ」
そう言えばハンコックはすっと手を出した。
そしてそでの部分を指す。
よく見るとその部分は少し濡れていて何か水でもかかってしまったらしい。
こんな時期だ。どこかに触れた時に濡れてしまったのだろう。
「ここが汚れてしまっている。だからお前の服をよこせ」
「船に着替えがあるじゃろう」
「そこまで行くのが面倒じゃ。それにお前のそのシャツの模様が気に入った。よこせ」
「・・・・・・」
どうやら何を言っても聞きもしなさそうだ。
いつもならば大人しく渡したかもしれない。
しかし相手は嫌いな海賊だ。屈することなどしたくもない。
「断る。貴様のような女に貸す服などありゃあせん」
そう断れば、案の定ハンコックは顔をしかめた。
何やら覇気がにじみ出ていて、怒っているらしい。
服を貸してくれないこともだろうが、何より自分の言うことを聞かないのが気にくわないのだろう。
「わらわに向かって何という言いぐさじゃ!ならばわらわはもうここには来ん!」
「おぉ、こっちから願い下げじゃァ。この海ぞ」
そこまで言いかけて、サカズキはようやくハンコックの発言の深刻さを理解した。
そうだ。この女は七武海で、ここに来てもらわないと困るのだ。
会議の類ならまだしも万が一戦力として集める時に来ないと言われてはかなり困る。
自分は困らないだろうがセンゴクが困ることになる。
それだけはご免だ。
「・・・・・・・・」
「なんじゃ。何か文句があるのか?」
「・・・分かった。分かった・・・くれてやるわい」
サカズキは渋々折れてコートを脱いだ。
そしてジャケットも脱ぎ、シャツを脱いで渡す。
「返さんでええぞ。海賊が袖を通したシャツなど着れん」
「もとより返すつもりもない」
「それは何よりじゃ。じゃあ気ぃつけての」
そう言ってサカズキは上半身裸のままコートとジャケットを脇に抱えて踵を返して、去っていった。
今日は嫌な日だ。
海賊に半ば脅されシャツを奪われて、海兵としてあるまじき行為だ。
「ったく・・・ふざけおって・・・!えっくしゅ!」
流石にこの肌寒い時期に上半身裸は寒い。
せめてジャケットぐらいは羽織っておくかとサカズキは素肌にジャケットを羽織って袖を通した。
これで少しは寒さをしのげるだろう。
そのままずかずかと歩いて執務室の戸を開けると中には部下が待っていた。
「おかえりなさいませ!赤犬さ・・・!?」
「おぉ・・・いたんか」
「どうしたんですか!そっその服装は!」
部屋に入るなり、部下はシャツを着ていないサカズキに驚いたらしい。
慌てて駆けよってきた。
そんなに心配することかとサカズキは怪訝に思ったが、とりあえず事情説明だけはしておくことにする。
「ちぃっとそこで追いはぎに遭っただけじゃ。別にどうともしとらん」
「お!追いはぎ!?」
この海軍内で大将の服を剥ぐとは一体どんな猛者なのかと部下は頭をひねった。
しかし答えは同じ大将のクザン以外に出てこない。
それでもまだどんな状況でシャツのみ奪われたのかがいまいち思い描けない。
「何はともあれ・・・風邪をひいてしまいますから!着替えを取りに行って来ますね!」
「あぁ、ええわい。わしが取りに行くけェ。お前はこの書類をボルサリーノに届けてこい」
まさかずっと年下の女に剥がれたとは口が裂けても言えないな。
サカズキはそう思いながらこの事は胸にしまい込んでおくことにした。
二人共偽物サーセン!
蛇サカっていうか・・・蛇+サカズキが好きなのかもしれないですね。
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(10.08.05)