芳香剤|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
職場に戻ったサカヅキはまず本当に自分の部屋なのかと疑うほどの香水の香りと机の上に置かれた一輪のバラと封筒に眉をひそめた。
見なくても内容は分かるがさすがに確認もせずに捨てるのはよろしくない。
それにひょっとしたら兄からの物かもしれない。そんな淡い期待を抱いて封筒を開けると、案の定。
「またか・・・・」
それは愛しの兄からではなく、事務の女性職員からのラブレターだった。
サカヅキ自身は何故多くの女性が数ある男の中から自分を選ぶのか理解が出来ていない。
無論理由は彼が容姿端麗将来有望の海軍本部中将であるからだが、当の本人は全くそれを自覚していない。
何故ならば。
「兄貴に見つかったら浮気と思われてしまう・・・」
彼は極度のブラザー・コンプレックスなのだ。
しかし彼と兄の赤犬はいわゆる禁断の恋に落ち、愛を囁き合っている・・・というわけではない。
ただサカヅキ自身が勝手に恋に落ち、一方的に愛を主張しているだけである。
サカヅキはハァとため息を一つ吐いてバラと封筒をゴミ箱へ投げ入れた。
そしてこの部屋の香りを何とかしたくて窓を開ける。
「ん?」
下を見ると見慣れた赤いスーツをまとった男がいる。
間違いなく兄だ、が周りには部下とおぼしき海兵が三人ほどおり、何やらしゃべっている。
仕事の話か、雑談か。どちらにしてもそんな光景がサカヅキの心に影を落とすことに変わりはない。
サカヅキは嫉妬でジリジリと焼けていく心を落ち着かせるために、それを無理矢理優越感に変えようとした。
が、やはり心はざわめいたままだ。
「ふん、俺だって家に帰れば兄貴と雑談どころか猥談だってな・・・・」
「何をぶつぶつ言うとるんだ。サカヅキ」
とりあえず気持ちを言葉に出して優越感にしようと試みた瞬間だった。
突然後ろから声をかけられてサカヅキはバッと素早く声のした方へ振り向く。
するとそこには一番関わりたくない白髪の男がタバコの匂いを振り撒きながら立っていた。
「いつからいた」
「ほんの少し前じゃ。何に見とれとったんだ?ん?」
兄と同じような名前を持ちながら兄とは似ても似つかぬ容姿性格の男はするりとサカヅキの真横に立ち、窓の外を見る。
サカヅキは無表情のまま、偽犬が“見とれていたもの”を見つけないことを無駄だと思いつつも祈った。
しかしどうやら見つけてしまったらしく、偽犬はニヤリと嫌な笑みを見せてサカヅキの肩をグイッと引き寄せた。
「何じゃ・・・あんなもんに嫉妬か?ここにええ色男がいるというのに」
「・・・どの口が言うんだ。この悪人面め」
そう否定してやっても偽犬は特に傷ついたような顔も見せず、にやついた口元を少し締めてサカヅキの顔に近づく。
だがすぐにサカヅキの手に阻まれ押し戻されてしまい、行為は未遂に終わってしまった。
「キス好きなんじゃけェ、ええだろ」
「貴様の性癖など知るか。どうしてもと言うならそのヤニ臭いのを何とかしてからにしろ」
「はいはい」
まるで感情のこもらない偽犬の返事に思わず顔をしかめてしまったがこのまま帰る気らしいので、ここは黙っておく方が得策だ。
そんなサカヅキの目論見通り偽犬は出入口まで歩いていく。
そして戸を開けてあと一歩で外に出る、というところでまたお得意の笑みを見せた。
「じゃあまたの。可愛い子犬ちゃん」
「俺の鳥肌がマグマになる前に早く帰れ。馬鹿者が」
サカヅキの鋭い眼光すら効いてないのか、偽犬は肩をすくめて見せた後、戸をパタンと閉めた。
それを見届けてから、サカヅキはハァと疲労のため息を吐いて椅子に座わる。
やっと招かれざる客を追い出せた。そう安堵したところでサカヅキはふと気付いた。
「チッ・・・・」
せっかく香水の匂いを消したというのに、今度はタバコの匂いがサカヅキの部屋に充満していた。
偽犬×次男はこんな感じ!
----------------
(11.08.24)