キスってなに?
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自分も好きな人にキスの一つぐらいしたい、例えばテレビの向こうの恋人のように。
10歳にしてくざんはそんなませたことを考えていた。
ただそこまで至るのに唯一にして最大の問題が一つある。
それは当の相手がそんな気など一切ないことだ。
「・・・・・さかずき」
「ん?」
「おれのこと・・・・好き?」
「うん。好き!」
そんなやり取りを無駄にしてみても鈍くて疎いさかずきが自ら口付けてくれないことぐらい分かってる。
無論そこからじゃあキスしようだとか言えるほど“男”なわけでもない。
きっとさかずきはキスなんて知らないだろう。
好きだと言い合っていればそれで満足なんだろう。
だからキスしようなんて言い出したらきっと引かれてしまうか、嫌われてしまうかもしれない。
「だからチューなんて出来っこない・・・・」
「・・・・・あらら。そうなの」
弟のそんな話をクザンは書類整理の片手間訊いていた。
◆◇◆
いつも一緒に帰っているくざんが補習により居残りになった。
さかずきは待っていると言ったが、くざんは待たせては悪いから先に帰っていいと言われたため、さかずきは久しぶりに一人で帰ることになった。
そんな孤独な帰り道。別に見たくてみたわけではないがさかずきは帰り道に大変不可思議な瞬間を目撃した。
あまりジッと見るのも気が引けてちゃんと見えなかったが、さかずきにとってはそれはあまりにも不思議な出来事で。
家に帰ったらば兄に聞いてみようと思い、帰宅した瞬間さかずきは開口一番に“それ”を聞いた。
「にぃにぃ」
「ん?何じゃ」
「今日、帰り道におとこの人とおんなの人が口つけあってた」
「・・・・・・・・」
「あれ、なに?」
サカズキからすれば青天の霹靂、と言わざるを得ない質問だろう。
あまりにも知られすぎた行為を遠回しに聞かれたため、一瞬何のことだろうかと思い、サカズキは頭にその情景を描いた。
そしてすぐに理解した瞬間。
「っ・・・・・」
思わず言葉に詰まるほど狼狽してしまった。
確かに今まであんまりそういう事を教えて来なかったこともあったが、こうも単刀直入に聞かれてしまうと自分の口から教えるのが恥ずかしくなってしまう。
しかしさかずきの顔からして適当にはぐらかしたぐらいでは、また聞かれてしまうだろう。
そのくらい気になって気になって仕方ないという顔だ。
「そ、それは・・・・」
「うん」
「それは・・・・・」
「うん」
「・・・・・・・・・・・まずは、手洗いとうがいを・・・・・してこい」
なかなか上手い言葉が思い浮かばず、とりあえず一度体制を立て直そうとサカズキはそう言ってみた。
するとさかずきは意外にも素直に頷き、靴を脱いで洗い場へと向かっていった。
さかずきが遠ざかってからサカズキはハァと溜息を一つ吐く。
一体どう説明すればいいのだろうか、と。
普通に接吻と言う唇と唇がくっつき合うことだとか、辞書的な答え方をしても何か突拍子もないことを言い出しそうだ。
クザンのようにロマンチックな回答でも納得はしそうだが自分がそんな説明を弟にしていると思うだけで鳥肌が立つ。
サカズキがそう頭を必死に回転させ、考えを巡らせている間に、さかずきは手洗いうがいを終わらせたらしい。こちらへやってきた。
「にぃにぃ〜」
「っ・・・・もう終わったんか」
「うん!ほらっ!」
そう得意気な笑みを見せながらさかずきは自分の小さな手を見せた。
そして兄がそれを確認したのを悟ったのか手を下ろし、先ほどの話の続きを目で促す。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「それは・・・・キ、キス・・・・・というもんじゃ」
少しの葛藤の末、サカズキは辞書的な答え方をすることに決めた。
どうせ教えるならありのままの真実を教えた方がいいだろう。
それが例え墓穴を掘るようなハメになったとしてもだ。
「じゃあどうしてあの人たちは"きす"をしてたの?」
ほら、掘ってしまった。
「好きな人とするもんじゃけェ、お互いに愛し合っとるからしてたんじゃろ」
「ふーん・・・」
どうやらさかずきは納得してくれたらしい。サカズキはほっと胸をなでおろして立ち上がった。
◆◇◆
太陽が沈みかけ、空はオレンジ色に染まっている。
カモメが寝床へ帰ろうと飛び立つ方向とは逆の方へ、さかずきとくざんは歩いていた。
階段を降りればそこには砂浜が広がっている。
そしてその先には海があった。
「さかずき。いいのか?こんな所に寄り道して兄貴に怒られるぞ」
いつもならさかずきがくざんに言うセリフだ。しかし今日は逆らしい。
くざんは戸惑っていた。突然、さかずきが海に行きたいと言い出したからだ。
普段ならまっすぐ家に帰るさかずきが自ら寄り道したいと言い出すのは初めてで。
まして自分で場所を指定するなんてことも初めてだ。
「くざん君とここに来たかったんだ」
「・・・・へっ?」
突然、真面目な顔でそう言われくざんは素っ頓狂な声をあげてしまった。
何かの冗談だろうか。しかしさかずきの顔は至って真面目だ。
「くざん君」
そう言ってさかずきはゆっくりとくざんに近づいた。
少し開いた口、夕日に照らされて赤い頬。
波の音、白い砂を踏みしめる音。
まるで映画のワンシーンのようだったが、くざんはこの状況が理解出来ず、近づいてくるさかずきを待つことしかできなかった。
さかずきは一歩踏み出せば触れられるぐらいの距離で止まった。
くざんがどういう事か聞こうと口を開きかけた、その時だった。
さかずきが一歩前に踏み出して、くざんに抱きついた。
その瞬間、唇に柔らかいものが触れた。
さかずきにキスされた、さかずきとキスをした。
そんな事実を頭にインプットするのに時間はかかったが、入った瞬間くざんは頬がカァと熱くなるのを感じた。
自分の方からキスしようと思っていたのに、まさか不意打ちで来るなんて。
しかも恥ずかしさで顔真っ赤にしてるくざんとは対象的にさかずきは余裕にも見える笑みを浮かべていた。
さかずきは『好きな人にすることだから自分がくざんにキスをするのは当然のことで恥ずかしいことはない』と思っているのだろう。
それがくざんは気に入らなかった。さかずきが優位な立場にいるように感じたからだ。
「さかずきのズル」
「えっ、だって・・・わっ」
ズルイと言われてさかずきは戸惑った。
その隙を狙って、くざんはやり返すようにキスをしてやった。
さかずきは触れるだけのキスだったから、それ以上してやろうとこないだこっそり見た大人のキスをしてやった。
二人の兄は居間でお茶を飲んでいた。
弟の方はというとテレビで映画を見ている。
「あいつが恋愛映画見たがるなんて珍しいのう」
「あれで恋愛テクニック磨こうとしてるんじゃないのか?」
サカヅキはそう冗談まじりに言った。
映像の中では恋人たちが砂浜で見つめ合っている。
そしてしばらくして片方が相手に近づき、そしてキスをした。
さかずきはそれを食い入るように見つめていた。
テレビの向こうのように、自分も好きな人にキスの一つぐらいしたいと思ったんだ。
去年の夏くらいから書き忘れていたやつ。
末っ子同士ラブラブしてほしかったんです。はい。
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(13.01.19)