不満足
        

ハァ、とサカヅキはらしくない溜息を吐いた。
するとそれを聞きつけたのか女性職員が声をかける。
彼女の声掛けにはあわよくばサカヅに好かれようという下心あっての言葉だったがそんなことにも気づかずサカヅキはゆっくりと最近休めていないことと、それによりろくに家族と会話できていないことを話した。
普通に聞けば家族思いな男の寂しさがにじみ出た発言に聞こえるが実際はそう簡単なものではない。


「・・・・おい、茶をいれてくれ」

「はいっ!ただいま〜!」


女性職員にそう言えば彼女は心底嬉しそうな声でいそいそと部屋を出て行った。
こんな時は茶でも飲んで落ち着こう。そうだそうしよう。

あぁでも耐え切れない。
切なさに身を任せてサカヅキは体をゆっくりと背もたれに預け、天井を仰いだ。
ギィと椅子がきしむ音がして、サカヅキは静かに誰に言うでもなく呟いた。


「兄貴の乳に・・・・触れたい」



◆◇◆




愛しの兄の身体に触れたい。
そんな思いがつもりにつもったある日。
仕事が終わり、月明かりが照らす道を歩いて家に帰る途中のことだった。
いつものごとく脳内で兄を思い浮かべている時、ふっとこのうっぷんを晴らすいい案が浮かんだ。
きっと今夜も兄と弟は同じ部屋で眠っているのだろう。
この時間帯だ。
もう熟睡しているに違いない。
ならばきっと。


「寝ている間に触れば気づかれないんじゃないのか・・・・?」


きっとあのさぼり癖のある同僚が聞いたらば「バカじゃねえの?」と切り捨てるだろう。
あのサカヅキに思いを寄せる女性職員たちだって「サカヅキ中将大胆だわキャー」とはとても言えないだろう。
しかし今この場にはサカヅキの妙案を止めようとする人物はいない。
そしてそんな妙案を胸にサカヅキはようやく帰宅した。


家に着いて、サカヅキは自分の家なのにまるで泥棒のようにゆっくりと玄関のドアを閉めた。
そして音を立てないようにこっそりと廊下を歩き、居間を通り過ぎて奥の兄と弟が眠る部屋へ向かう。
ふすまに耳をあてると二人の規則正しい寝息が交互に聞こえてくる。
どうやら予想通り熟睡しているようだ。


「・・・・・・・ただいま」


息と聞き違えるような小さい声でそう言ったあと、サカヅキは暗い部屋の中をしゃがみながら歩いた。
立っていると影が目にかかった時にどちらかが起きてしまう。
二人が眠る布団の横にたどり着いた所でサカヅキは止まった。
布団からは兄の特徴的な頭が飛び出ていて横には兄の胸にすっぽりと収まった弟が寝ている。
そんな弟に少し嫉妬しながらもサカヅキはそっと手を兄の身体の上にかざし、狙いを定めた。


『今触る・・・・今触るぞ』


そう考えるだけで心臓が高鳴るのを感じる。
ここで普通なら自分はなんて変態なのだろうと反省しそうなものだが、残念なことにそんなものは遠い昔母体に置いてきた。
ゆっくりと狙いを定めた場所へ手を下ろすと少し柔らかいものに触れる。
一肌のぬくもり、心地よい柔らかさ。
触ったことなどないがこれは間違いなく兄貴の胸だ。サカヅキはそう確信した。


「兄貴・・・・」


しかし最初は触れるだけでいいと思っていたサカヅキだったが、だんだん欲が出てきたらしい。
ここまで来たのだから揉んでみたい。そんな思いつきがサカヅキの頭によぎってしまった。
まるで初めて女体を触る若い男子のような気持ちを抱き、荒くなる息を抑え、高鳴る心臓を抑えながらサカヅキはゆっくりと指を曲げてそれを一度だけ揉んだ。
意外と柔らかいと思った。
筋肉があるのだからもっと硬いのかと思ったが、しかしそれはそれでサカヅキの興奮をあおった。

あぁ幸せだ。あの兄貴の胸が今自分の手の中にあると思うだけで興奮でレッドラインから飛び降りられそうだ。

そうだらしなく緩まった口元から喜びの叫びが出ないように手で抑えながら悦に浸っていた瞬間だった。


「ふぁ・・・・だれ?」


三男の眠たそうな声にサカヅキは心臓が口から出るかと思うほど驚いた。
(しかしそれだけ驚いたにも関わらず手をどかそうとしなかった)
三男は少し視線をさまよわせてから、目の前に影がいることに気が付いた。
そして。


「わぁあああああああ!!!おばけェエっ!!」


暗闇の中なため、その影が次兄のサカヅキであることは分からなかったらしい。
幼く純粋無垢なさかずきはそう叫んで泣き出してしまった。


「あっ・・・・馬鹿。さかず・・・・!」


兄貴が起きてしまう。そう思ったサカヅキがさかずきを黙らせようと自分が幽霊の類ではないことを言おうと口を開きかけた瞬間だった。
パッと電気がついた。
突然の光に目がくらむ。
やがて目が慣れてきたところでサカヅキの目の前にうつったのは怪訝な顔でこちらを睨む兄、サカズキだった。
弟が電気もつけずにこの部屋でしゃがみこんでいるのを明らかに不信がっている。


「・・・・サカヅキ。お前は何をやっとるんじゃ?」

「あ、いや・・・・兄貴の・・・・・ん?」


サカズキの意外なまでの冷静さにサカヅキは本能的に違和感を感じた。
いつもだったら「何をしとるんじゃ!!!」と怒鳴られて大噴火をくらいそうだが、何故かサカズキは全く怒っていなかった。むしろ意味が分かっていないような顔だ。
何故だろう。サカヅキはそう思いながらふっと自分の手を見た。
すると。


「あ・・・・」


サカヅキの手が掴んでいたのは兄の身体ではなく、ましてや胸でもなかった。
末っ子のさかずきの腹をつかんでいたのだった。
つまり、サカヅキが兄の胸だと思って蹂躙していたのはさかずきの幼子らしくぽっこりと出た腹だったのだ。
それを悟った瞬間サカヅキは何とも言えぬ気持ちになった。
この脱力感。何かに裏切られたような気持ち。
例えるなら万引きした本が無料で配布されていた雑誌だったような。
美少女を痴漢したと思ったら男だったような。
そんな感じであろうか。


「まさかさかずきにまで手をェ出すハラだったんか?」

「そんなわけあるかっ!!」


サカズキの心底飽きれたような言葉にサカヅキはそう強く否定した。
そう思われては心外だ。自分が心底想っているのは兄貴だけで、他には何もない。


「俺は兄貴のおっぱいと間違えただけだっ!さかずきの身体を触ろうと思ったわけじゃない!」


サカヅキはそこまで熱の入った言葉で言い切った。
冗談で言った言葉だったがサカズキはそこでようやくサカヅキの不審な行動がすべて自分の寝込みを襲うためだったという事をはっきりと理解した。
(何を間違えてさかずきの腹をなでるに至ったのかは分からないが)
ちなみに触られたさかずきの方はまだお化けだと思っているのか兄の傍らで布団をかぶったまま出て来ていない。


「だから・・・・兄貴」

「いい。それ以上は聞きとうない」

「む、まさか嫉妬しているのか?」

「違うわ!気色悪うて聞きたくないんじゃいバタカレが!!」


サカズキはその続きを弟の口から聞きたくなかった。
しかしサカヅキは自分の言葉がどれだけ兄に鳥肌を立たせているのか自覚していないようだ。


「本当に俺が愛してるのは――・・・・」

「もうそれ以上しゃべるなと言うとろうがバカタレがァア!!!」


兄が嫉妬していると誤解したサカヅキの口をふさがせようとサカズキは思いきり部屋の外まで蹴り飛ばした。
まるで漫画のように綺麗に吹っ飛んだサカヅキを見届けてからサカズキは


「当分は海軍の仮眠室で寝とれっ!」


そう怒鳴ってピシャリとふすまを閉めた。
あの盲目的に自分を追いかける癖はいい加減治らないのだろうか。
弟の相変わらずな状態に半ば飽きれながら、サカズキはドスドスと苛立ったような足音を立てて布団へ戻った。
横になり、かけ布団をかぶった所で布団の中にもぐりこんでいた三男のさかずきがやっと顔を出す。


「にぃにぃ・・・・おばけは?」

「・・・・あぁ、わしが退治したけェ」

「ほんと?」

「じゃけェもう安心して寝ェや」


兄の言葉に安堵したのかホッとしたような顔を見せたさかずきはおやすみ、と呟いて目を閉じた。
次の日の朝。さかずきは次兄に昨日お化けが出たのだという話を朝食の席で真面目に語っていたという。



タイトルが思いつかなかった(^O^)
久々にこんな次男書いた気がします。うちの次男は兄貴☆命

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(11.09.19)




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