初めてのメール
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・現パロです
休日の昼間。居間の真ん中でサカズキは次男という名の説明書を片手に携帯電話の使い方を必死で学んでいた。
ちなみに本日の目標は“めぇる”というものを習得する、である。
「あぁ。だからそうじゃなくてだな・・・・・」
「じゃけェもうちっと分かりやすく教えんか・・・・」
しかしサカズキは全くと言っていいほど進歩がなかった。
サカヅキがあれこれ教えているのだが、未だに“めぇるは一文字ずつしか送れない”という誤解が解けぬままだ。
全く出来ない事態にやや機嫌を損ねているのかサカズキはふくれっ面でサカヅキを見る。
次男自身は限りなく分かりやすく教えているつもりなのだが、いかんせん自分の兄はこういった細かい動作を必要とする機械が苦手なのだ。気長にやっていればそのうち出来るだろう。
それに普段あれだけ冷たい兄がこうも頼ってくれているのだ。
出来れば一生出来ないままでいてほしいとさえ思ってしまう。
「それに・・・・お前はちぃっと近すぎるわい。そんなに近づかれちゃあやりづらい」
「そうか?すまん」
そんなもの故意に決まってるじゃないか、とサカヅキは内心呟く。
普段兄に近づくだけで気持ち悪がられて避けられてしまう仕打ちを受けているのだから、こんな一メートルもない近距離に近づけることなど滅多にない。
今のうちに匂いやぬくもりを覚えておいておかねばならない。
無論そんなことはおくびにも出さないが。
「ん、もうこんな時間か・・・・さかずきを迎えにいかんとな」
携帯電話の時刻を見たのかサカズキはようやく自分が長いことをこの機械と格闘していたことに気が付いた。
そろそろさかずきの乗った幼稚園のバスが決まった停留所に来る頃だろう。
「あぁ。兄貴はいい。俺が迎えに行く」
「ほうか?すまんのう。サカヅキ」
「いいから兄貴はその携帯を早く使いこなしてくれ」
そこで切れば元々容姿端麗な顔も相成って最高によい印象を与えられただろう。
しかしどうも兄の前ではその顔も見慣れられてしまったらしく、純粋な違和感だけが残ってしまったらしい。
「それで俺に初めてのメールを送ってくれ」
「気持ち悪いことを言うとらんで早く行け。バカタレが」
そこらの女ならば一瞬で落ちてしまいそうな言い回しさえも、兄の前ではただの気持ち悪い言葉として脳にインプットされてしまうのであった。
◆◇◆
唯一にして最大の味方である三男のさかずきを迎えに行った帰り道。
さかずきの今日の出来事に相槌を打ちながら歩いていると突然ポケットに入れていた携帯電話が鳴りだした。
たった一人の弟との幸せな時間を邪魔するやつは誰だろうか、なんて理不尽なことを思いながらサカヅキは携帯電話を取り出す。
どうやらメールのようだ。
ポチポチとボタンを押して宛名を見れば、そこにはそんな理不尽な事など一瞬で掻き消えてしまうほどの人物の名が表示される。
「兄貴っ!!」
「え!にぃにぃメールができるようになったんだ!」
人からメールが来るだけでこうも沸き立つ人も珍しいだろうが、二人にすればそれは山頂に到達した登山家の達成感に相当する。
かれこれ一週間はあの機械の使い方を教えてきたのだから仕方がないだろう。
しかし、サカズキから送られてきたメールは何かが違った。
件名はない。そして本文には
『す』
の一文字。
まさか初めてのメールがすの一つだけだとは後々武勇伝として語られそうなものだが、兄が打ったのだと思えばそれだけでも酌量の余地はあるだろう。
そしてしばらくしてまたメールが届く。
また、サカズキだ。
『き』
次もまた一文字。
どうやらまだ一文字しか打てぬと誤解しているらしい。
しかしこの二つの文字。並べるとサカヅキにとっては大変嬉しい言葉となる。
何せ数あるひらがなの中から「す」と「き」が選ばれているのだ。これは続きを期待してしまう。
サカヅキは大急ぎで返信ボタンを押し、本文を入力する欄を表示させる。
そしてそこに今までに出したことのないスピードで「一字ずつじゃなくても送れるぞ!!兄貴!」と打ち、送った。
「なんておくったの?」
「まだ一文字ずつしか送れんと思っているらしいからな。大丈夫だぞと送っておいた」
「ふぅん。にーちゃんもたいへんだね。なんかにーちゃんがにぃにぃみたいだ!」
「フッ・・・・そうか」
三男に褒められて気をよくしたのかサカヅキは得意げな笑みを浮かべる。
そのうち兄弟以上の関係になってみせるぞ、などこんな小さい弟に言うこともないかと言葉をのど元に留めておくとまたメールが来た。
今度はずいぶん時間がかかった辺り少し長めの文章なのだろうか。
あぁどんな愛の言葉が書かれているのだろうか。
そう期待に胸を膨らませながら、顔を緩ませながら、メール画面を開く。
するとそこには。
『すきやきつくる にく かえ』
そう単語の羅列のみで構成された残酷なメールが表示されていた。
次男の心を折るのが得意な兄貴。
ちなみに兄貴には悪意もなんもありませんよ。
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(11.08.24)