取り合いっこ
        

・三男10歳設定





深夜帯になってサカズキはようやく家に帰ってこれた。
別段仕事で遅くなったというわけではなく、ただ単純に用事があり外で食事を済ませたらばこんな時間になってしまったのだ。
身体は汗でベトベトして不快だったため、まず先にシャワーでも浴びておこうと真っ先に脱衣所へ行く。
そして服を脱いで洗濯かごの中に入れておき、浴室に入った。
蛇口をひねれば熱いお湯が出てサカズキの身体についた汚れを落とす。


「ふぅ・・・」


家に帰ってきて一番に浴びるこの湯がいつも自分の疲れを癒してくれる。
特におかえりと言ってくれる人物がいない時こそ一番癒されるものだ。


「そういや・・・あいつらはもう寝たんかのう・・・」


一応二人には遅くなる旨を伝えてはある。
しかしちゃんと食事は取ったのか、風呂には入ったのか、歯を磨いて明日の仕度はしたのかなどと母親のような心配をしてしまうのはまだ幼い三男がいるせいだろう。
とにかくそろそろ出るか。そう思いシャワーを止めようとした瞬間だった。
カチャンとドアが開く音がした。


「ん?」


その音が鳴ることに関して全く覚えがないサカズキはゆっくりと振り返り音がした方向を見る。
するとすぐ真後ろに人影が見えて、その正体が分かった瞬間心臓がきゅっと妙な鼓動を立てたのを感じた。


「なっ・・・サカヅキっ!!」

「おかえり。兄貴」


そこにいたのは次男のサカヅキだった。
予想だにしなかった人物の登場にサカズキは驚いて叫び声にならない声をあげながら驚愕しその勢いで一気に壁際まで下がった。
寝ていたのかとばかり思っていたこともあったが、サカズキが飛び退くほど驚いたのはそれだけではない。
加えてサカヅキがニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべていたからだ。
その笑みに本能的に恐怖心を覚えたせいで反射的に後ろに下がってしまったのだろう。
しかし冷静になった今はそんな恐怖心よりも顎に手を添えながらじっと自分の身体を見ている弟に対してのとてつもない不快感が勝っていた。


「見るなァ!バカタレっ!」

「おかえりと言っただけなんだが」

「兄を迎える時にゃあ、んな笑みいらんじゃろっ!」


もっともな言葉を浴びせればサカヅキはそんなことどうでもいいと言うように一歩前に出て浴室に入ってきた。
完全に逃げ場を失ったサカズキはどうにかして逃げられないかと視線を泳がせる。
しかし逃げ場を見つける前にサカヅキはさらに一歩前へ進み、手を伸ばしてサカズキを壁際に押しつけた。
上から降り注ぐシャワーがサカズキだけでなく、サカヅキの髪や寝間着を濡らしていくが彼自身は至って気にしていないようだ。


「おいっ・・・やっやめろ・・・!」


そう情けない声で訴えたが、サカヅキは止まることもやめることもなくサカズキの頬に触れた。
しかしサカズキはぷいとそっぽを向いて抵抗する。
そんな兄を目の前にしてサカヅキはふぅと溜息を吐いた。
いつもの勢いのなさに恐る恐るサカヅキの顔を見ると、サカヅキはニヤリと口元をつり上げた。


「兄貴は今まで通りシャワーを浴びてていいぞ。その間に済ませるからな」

「っ!」


あまりにも常識ぶった顔で非常識なことを言うサカヅキに、サカズキは返す言葉すら思い浮かばなかった。



◆◇◆




「にぃにぃ大丈夫?」

「あぁ・・・・大丈夫じゃ・・・・」


さかずきの心配そうな声にサカズキは軽く返事を返しておく。
しかし言葉とは裏腹に声に元気はない。
あれから浴室でサカヅキは一度では飽き足らず二度も三度も行為に及んだため、無論疲れなど一つも取れなかったサカズキはそのまま濡れた体をろくに拭かずベッドに寝込んでしまったのだ。
そんな眠り方をすれば寝冷えをして風邪をひいてしまうのは自明の理で。
おかげで熱はあるし頭も痛い。
それでも仕事だけはと職場に着いたらば部下によって強制的に帰宅させられてしまったのだ。


「お前こそこんなところにいてええんか・・・うつるぞ・・・」

「だっておれが看病しなくちゃにぃにぃ仕事に行くだろー」


そう言ってさかずきは兄が寝ている布団をちょいちょいと直してまるで母親のように布団越しにサカズキの胸元をぽんぽんと叩く。
前までは自分が風邪をひいたとなれば、ただ慌てふためいていただけだった弟も10歳ともなると色々と成長するらしい。
いつの間にか頼りがいのある男になったのだなとサカズキは実感した。


「そういえばにーちゃんはどこに行ったのかな・・・」


さかずきの一言にサカズキはびくりと身体を震わせた。
当たり前だがさかずきにはこの風邪の原因を言っていない。
ただの疲れと言ってあるだけに、いつもなら過剰に反応して兄に付きっきりになっているはずのサカヅキがいないということが気になったのだろう。


「・・・あいつがいるとうるさいけェ・・・追い出しただけじゃ」

「ふぅん」


兄の言葉にさかずきはそう納得したような声を漏らす。
どうせ今頃この部屋以外の部屋で膝を抱えて落ち込んでいるのだろう。
いい気味だと思いながらサカズキはゆっくりとさかずきの方へ寝返りを打つ。
そしてふいにさかずきを見上げるとさかずきは浮かない顔をしていた。


「どうした・・・気分でも悪いんか?」

「ううん・・・・・何でもないよ」


さかずきはそう言ったが顔は明らかに沈んでおりどう考えても何かありそうだ。
サカヅキがもしこうならばどうせくだらんことをと思うが、さかずきがこんな表情をしているのは珍しい。


「それが何でもないような面か。何じゃ。言うてみい」

「・・・・・・・・・あのね」


兄の言葉には逆らえなかったらしい。
さかずきは少し間を置いてから自分が今思っていたことを素直に教えてくれた。


「・・・にぃにぃと・・・一緒に寝たい」

「・・・・・・じゃけェ今は昼だぞ?今寝たら・・・」


そこまで言ってサカズキはようやく察した。今のが彼の精一杯の甘えなんだと。
確かに最近しゃべることもなかったし、構ってやることもしていなかったのだからもう寂しさが限界だったのだろう。
大人びた所もあるがやはりまだ子供なのだなとサカズキは微笑んで布団をめくる。


「仕方ないのォ・・・この甘えん坊が・・・」


サカズキの言葉と行動にさかずきはぱっと明るい顔をして、いそいそと兄の布団に潜り込む。
そしてぎゅっとサカズキの胸に抱きついた。
本当に甘えたかったのだろう。いつまでも離れない。


「おい・・・あんまりくっつくと風邪がうつるけェ・・・」

「大丈夫だよ」


何の根拠もないただのワガママのようなものだったが、サカズキは溜息を吐いてそれを納得したふりをして黙った。
するとさかずきは甘えるようにサカズキの胸に顔をよせる。
ちらりと見える口元は微笑んでいて幸福そうだ。
そんな幸せな笑顔に釣られて笑いながらさかずきの短い髪の毛を撫でてやればさかずきはふと頭を上げてまた笑う。


「にぃにぃ大好きだ」

「そうか。わしもじゃァ」


そう弟の愛を受け止めてやればまた笑う。
もう幸せで幸せでたまらないのだろう。このままだと箸が転がっただけで笑っていそうだ。


「にぃにぃ」

「ん?」

「大好き」

「あぁ。わしも・・・おい、しつこいぞ」


しつこいと言われてもさかずきはまだ笑っている。
サカズキがしつこいとは言ったものの内心不快ではないと思っていることを分かっているからだろう。
また小さい口を開いて自分の気持ちをめいっぱい伝えて来た。


「大好き」

「ん」

「大好き!」

「あぁ」

「大好き!!」


何度も同じ事を言ってサカズキに構ってもらえていることを実感しているのだろう。
サカズキも返事自体は短いが顔は微笑みを携えていて幸せそうだ。
しかし単調な反応に面白くないと感じたのだろう。
さかずきはずいっと身を乗り出し、サカズキの顔に近付いた。
そして。


「んっ?」


さかずきの顔が一瞬近付いて離れた。
それと同時に唇に妙な感覚が残っていることに気がつき、すぐにキスをされたのだと気がつく。
キスされた。弟に。
その事実についサカヅキのことがかぶってサカズキは顔を赤くしてしまった。


「なっ・・・何をっ・・・!」

「大好きな人にはこうするんだって。青いおじさんが言ってた」

「・・・あのバカっ・・・!」


自分の弟に何をくだらないことを教えているんだ。あいつは。
そんな言葉と同時にあの得意げな顔が思い浮かんで、さらに怒りが生まれてしまう。
風邪が治ったらいの一番にぶちのめしに行ってやる。そこまで考えを巡らせたところでさかずきと目が合い思わず固まってしまう。
するとさかずきはニコリと笑って先ほどの話の続きを言った。


「だからおれもにぃにぃにたくさんするっ!」

「うぉっ!バっバカやめろっ!」


クザンのいらぬ知恵を受けてしまったさかずきはそう言ってサカズキの上に覆い被さった。
そしてサカズキの額や頬に何度も唇を押し当てる。


「やっ・・・やめっ・・・っ」

「いって!」


そう拒否の言葉を漏らした瞬間だった。
突然さかずきが悲鳴をあげ、自分の身体の上にうずくまる。
何が起きたのかと視線を上げればそこにはこの部屋に立ち入り禁止をくらっている男の姿がいた。
拳をわなわなと振るわせている辺りさかずきの頭を殴ったのだろう。


「サカヅキっ・・・!」


名前を呼ぶとサカヅキはその拳を解いて人差し指を立てた。
そして素早くさかずきを指し明らかに動揺したような声で怒鳴った。


「さかずきィ!お前何してるんだ!俺の兄貴に!」

「うぅっ・・・」

「兄貴の布団に入り込んでちゅっちゅいちゃいちゃしていいのは俺にだけ許された特権なんだ!お前が入り込んでいい所じゃ・・・・!!」


そこまで言ってサカヅキは言葉を止めた。
ふっと目の前の光景を確認するとサカズキは恐ろしく顔をしかめていて、さかずきの肩を抱いていた。
さかずきは痛かったのかぐすぐすとサカズキの胸で泣いている。
完全に自分がいじめたような、そんな空気になっていることは明白だった。


「サカヅキ・・・」

「えっ・・・お、おい・・・そんなに強くは殴って・・・」

「あぁ?じゃけェ現にさかずきはこんなに泣いとろうが・・・お前というやつは・・・大人げないのォ・・・」

「いや本当に・・・そっ、それに兄貴だって嫌がって・・・」

「お前に止めてもらう必要などないわ。それにな・・・」


これは完全にまずい空気だ。そう感じたサカヅキは何とか取り繕うとしたがさかずきが泣いている以上もう改善は不可能だ。
どうするか悩んでいるとサカズキは一度切った言葉を勢いよく出して、サカヅキの向こうずねを蹴り飛ばした。


「お前にそんな特権を与えた覚えはないわい!こんのバカタレが!出てけェ!」

「いっ・・・!痛い!痛いぞ兄貴っ・・・分かった分かった!出る出る!出るから!」


これは体制を整え直した方がいいと判断したサカヅキはそう言いながら部屋を出て行くべく出入り口へ後ろ歩きで向かう。
そしてサカズキの殺気じみた視線を浴びながら帰ろうとした瞬間だった。
ふと胸の中で泣いているさかずきと目が合った。
きっと驚いて泣いてしまったのだろう。少しやり過ぎたかもしれない。
そう思っていたサカヅキだった、が。


「・・・・・!!」


さかずきは泣いてなどいなかった。
目からは涙一つこぼれておらず、完全に嘘泣きをしていたことが分かる。
それを見た以上もう帰った方がなどと言っている場合ではない。


「おっおい!兄貴!そいつ・・・」

「ええから出てけ!」


しかし完全に騙されているサカズキに自分のそんな言葉など届くはずもなく。
今度は手元にある茶碗まで投げられそうだったためサカヅキはすごすごと部屋から出て行く。
そして戸の前で思わぬ敵が増えたことを今頃ながら実感していた。


三男10歳設定。
成長したら次男と兄貴を取り合う強敵になりました

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(11.08.24)




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