そうして何も手に入らなかった幻
少し、本を閉じて考える。
騎士と言うのは、どういう存在であるのだろうか。
それが何にせよ、結局は辛い別離をするだけの事だけだろう。と前の自分なら考えていたのかもしれない。けれどそれが、結局世界から逃避していただけなのかもしれない。
かの騎士アルトリウスは深淵の魔物を打ち倒して宵闇の姫君を救い、グウィンの為に全てを尽くした――誰も慕われ、王にも愛された存在であると言うのなら、せめてその先の運命をも変えるべきなのではと思ってしまうのだ。
自分は其れになれなかった。だからあの場所でひとりずっと――誰もかもを拒絶して、朽ちる事もそれが自分の決めた事であり仕方のない事だから、と諦めていたのだろう。
『ああ…まさか行き場を失った犬が、この場所に居るとは思いもしませんでした』
それをあの老人は行き場のない自分を拾ったのだ。自分を拾って、何になるつもりだ。と問い掛けた事がある。
『――少し、手伝って欲しいのですよ。貴方は自分の事を何も役に立たない存在と卑下しているつもりですが…貴方は、それでも生きようと必死に藻掻いている。私は貴方を評価しているつもりですが…』
けれど、あの老人は――自分を評価する事も無く、批判する事も無かった。
『…ただ、助手が少しでも一人、欲しいのですよ。あの場所に居ても城の者から懐疑的な目を向けられて少々辛いでしょうから』
――それから、この場所で暮らし始めて少し、気付いた事があった。生まれてきた子供に過酷な運命を押し付ける世界が、どれだけ世界を滅びに追い詰めている事を。
そしてこれはもう仕方のない事だが、城の者から懐疑的な目線を向けられるのは少し辛かった。
けれど、そんな自分を少なからず慕ってくれる者もいるのが、唯一の救いだった。
「…何者にも、なれないけれど…」
それでもこの我侭な願いが――自分も彼等も、幸せになれないと分かっていても。きっと誰かの為になれるのなら、歩む事をやめないし、何を言われようが、やめるつもりはない。
「……少し、考え過ぎていた気がする」
積み上げられていた本の束を見上げる。信じる事も、愛する事も何もかもを投げ出したい夜があった。
ただ、怯えた目をしていた少年を見ていた時に…昔の自分とどうしても重なってしまう事があるのだ。
生き方を決めるのも、何をしたいかも、それは自由だ。其れを強要してはいけないと言う考えを持つのは――人として当たり前なのに、それなのに。火継ぎは素晴らしい。王として当たり前、と言う思想をしているこの国は、本当に終わってしまうのかもしれない。
それでも、貴方と一緒に歩みたかったと言う願いを忘れたくないのに。
――未だに、もう居ない貴方の事を想い続けている。