神さまが泣く場所


「この子ったら、生まれて間もない時にすぐに私が居ないとぐずるんです。貴方と顔付きがそっくりなんですよ」
女性はそう言いながら、黒檀の長い髪をあうあうとうわごとを言って求める赤ん坊を抱っこしながら微笑んだ。
「そうか。私にそっくりとはこの子は、恵まれて生まれて来たんだな」
恐らく彼の王は自分達を許してはくれないけど、この子が生まれてきたことは最大限の祝福なのだ。辛い目に遭うだろうし、死よりも悲劇的な運命をたどるかもしれない。けれども、自分と彼女の愛は確かに、此処にあるのだ。
「…ねえ、この子の名前はどうするの?」
「そうだな、もう決めてある。この子の名前は―――……」


――父親というものはあまり知らない。母の話では、生まれてすぐにあの場所から追放されたと言う。母も、自分を出産した際に体調を崩し――自分の手で看取られる形で病で亡くなった。
ひとりになりたい、と思うのは何時頃だろうか。あの地獄のような、息が詰まる故郷と言う名の形をした歪な世界で一人、圧迫するような空気で一人ぼっちで過ごした事が切っ掛けである事すらも、分からない。ただ、喪失感と共に過ごしたような、抜け殻のような日々だった。
「…大丈夫か?」
今は、少し和らいでいる。彼女が魘されている声を聴いて客室に態々出向いてくれたのだ。
少し水を飲んで、落ち着いた。
「……暫く魘されているのなら。吐き出したい事を話して気持ちの整理をしたらどうだ?…少し、貴方の話を聞いても良いか?」
何でも、お見通しと言う訳だろうか。だったら、遠慮なく話しても良いだろう。彼女の前では、話をしても大丈夫だと言う些細な確信をして。

「…そうか。でも、少し貴方が羨ましいと思う」
彼女は自分の頭を撫でて、少し微笑んだ。彼女の口から語られるのは、母親も父親も、彼女の記憶には存在しない。物心ついた時は、奴隷市場に売り飛ばされた。家族と呼べるのは、王の仔と呼んでいるあの巨虎達だけだ。
「貴方も、私を羨ましいと思う事があるのだな」
「それはそうだ。完璧な王様なんかいない。貴方だってそうだろう?完璧な騎士なんて居ない。それは貴方も、分かっている筈だ」
自分を、そう思っている節があるとは少し意外だった。けれど、彼女の知らない一面を自分だけ知っているのは、少し共犯者のような気分だった。
「…ああ、私もそう思うよ」
だけど、私は貴方の事を愛している。と言う本音を隠したまま、彼女の手を少し和らいだ形で、握り締める。

きっと、それは確かな幸福であり、些細な夢でありたいと言う名の願いだろうか。






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