「優しかった世界」


『次はー、縄印学園手前、縄印学園手前――』
バスから降り、自分とタオは一緒に登校する。「…でね、今度発売するアマツチップスサワークリームオニオンスナックが美味しいのよ!」「え!?嘘、本当!?SNSで超不味いって話題になっていたから」と隣クラスの女子生徒の会話が聞こえて来た。楽しそうで何よりだと思った。自分とタオは一緒のクラスに入り、先生を待った。

「サホリとは、うまくやってる?」
「サホリの事?今は足首を捻挫していて、私が代わりに部員を指導してるよ。多分もう直ぐ復帰できそうだと思ってるけど」
なら、良かったと安堵する。タオは「もう直ぐ授業が始まるね」と言った直後に、ホームルームのチャイムが鳴ったと同時に、担任の教師がやって来た。

それは全てが授業が終わった直後の事だった。
「やあ、君はひとりか?」
後輩のミヤズの兄である、敦田ユヅルが自分に駆け寄って来た。ユヅルは最近話題沸騰の若手議員の手厚い支援を受けていて、妹のミヤズと一緒にこの学園に通う事が出来たのだとクラスメイトがそう言っていた。最近、後輩のミヤズに好きな人が出来たのだとか。それでユヅルは頭を悩ませているとかなんとか。ミヤズも、楽しそうで何よりだ。と不意に思った瞬間に――隣のクラスの太宰イチロウもやって来た。
「よっ!元気にやってるか?」
「話の邪魔をしないで欲しいな。僕は彼と話をしているのだから」
「いーのいーの。俺こう見えても元気にやってるし」
「全く、君は…」とユヅルは眉を顰める表情をするものの、イチロウは全く気にしていない。最近、両親の不仲に悩んでいた時に若手の女性弁護士がやって来て、いろいろ相談に乗ってくれるとか。元気そうで何よりだな。と思い乍らも、ユヅルとイチロウが「別にいいだろ」「そりゃないんじゃないのか」とどつく様な感じで会話をしている最中に――こっそりと抜ける事にした。

最近、その若手議員が総理候補に挙がっているとか、新型スマホが発表されるとかのニュースが流れるテレビが飾っている売り場の家電用品販売店を通り過ぎ、ミヤズと約束していたカフェ屋に入った。

「先輩は、運命って信じます?」
ミヤズはカフェオレティーを飲みながらそう言った。ああ、最近好きな人が出来たのだと言う話だろうか。するとミヤズは顔を真っ赤にしながら、こっちに語り掛ける。
「…その、もしも、こうだったら。とか、こうなればいいのに、とか。運命の傾きが変わったら…とか、考えた事、あります?」
そんな事、考えた事が無かった気がする。エスプレッソティーを置き、どうだろうなあと思っている時に、ミヤズは話を続ける。
「……もし、もしもの話ですけど。こんな世界だったら、良かったのに――」

そして、世界が、不意に一変に全て、変わる。

『――あんな世界じゃなかったら、良かったのに。と、思う事はあるかい?』
小さなカフェオレティーを持つ手が、褐色の手に変わっていた。自分の姿も、何時の間にか変わっている。
『君は、この世界が良かったのに。と思う筈だよ。けど、そうだったら――会えない人が居る。そう、例えば――』
信念を胸に戦う知恵の指を持つ騎士、世界を見守る国津神達、宇宙の破壊を望む神、豊穣の堕落せし魔神、生き残り、行く末を見守る二柱の魔神―――そして、自分と共に歩むと決めた、神造魔人。
『――けど、君は望んだ願いをかなえる為に…この魔界の果てにある座を、目指すと思う。そう、僕の同志たちも…君と似た願いを持っていた』
死は救いであり、唯一神を壊す事で全ての者は救済されると信じていた仏の魔神と、全ての強き魂は自らの戦士として共に戦うと望まんと信念を掲げていた知識の魔神。
そう、知識の魔神が探究して止まないナホビノは――自分自身の事だ。
『神となって、何を望む?』
そんな事、そんな事――言われなくても、分かっているのに、なのに、答えが出ない。
それを答えたら、出会った彼等ともう、二度と会えない気がして…。
『唯一神と、明けの魔王の軛から解放を望んでいたのは、僕も、『彼』も同じだ。けど、君は――同僚を殺してまで、それを望むのかい?』
けど、それでも――叶えたい願いは在った。確かに、この世界で一人、取り残されているのは自分だ。タオも、イチロウも、ユヅルも、サホリも――遠くへ行ってしまった。
けど、アオガミやミヤズ達が、背中を押してくれたから…そしてそれは、きっと彼等の叶えられなかった約束や、願いである筈なのだから。

『――じゃあ、その願い、叶えて見せてよ。誰も見た事のない、本当の世界を』

目を開けると、万古の神殿の最深部であった。隣には、アオガミが居る。けど、それは――確かな、祈りであったのだから。
(――じゃあ、君は…そろそろ夢から、醒めるべきだ。と言いたかったのか?それとも――)
行こう、至高の座は、もうすぐそこだ。






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