竹刀を持つ手が悴んでくる。今日の稽古はもう良いだろうと思い、その場に置いた。
「半日で心が折れると思ったら、思ったより律義だな」
「……こういうの、慣れているから」
剣を持つ手はこうではない。他者を斬る快楽に溺れるなと言う指摘を受け、自分は思った以上に考えるよりも動く方なのだと実感した。あの時はただ我武者羅に、自分の大事なものを壊した奴を同じ目に遭わせてやると言う怒りとほのかな復讐だけが燻ぶっていて、とてつもない馬鹿力を発揮したのは今でも実感がない。
「お前を大事にする者は居ない。それ故に彼等はお前を蔑むばかり…それが哀れだと思っていたがーーお前は、悲しくはないのか?」
分からない。実の母親が居なくなってーーそればかりか、自分を慕っていた者達も自分を畏れていたから――何が正しいのか、何が不正解なのか、分からなくなっていた。
「…けれど、良心は捨てるな。例えこの世が地獄であろうとも、必ずお前を必要としてくれる者が居る」
「…師は、どうしてそれに固執するの?何か、あったの?」
「――嘗て私は、大火で全てを失った」
それが後に自分の才能に嫉妬した者の犯行だと知った時は、既に遅すぎた。愛する妻子や住む家も何もかもを失い、自分は憎悪の道に走り――気付いた時には、その者達の全てを皆殺しにしていた。
「それが修羅の道であるのはお前も容易であろう。お前には私のような修羅――狂気の道に行ってほしくないのだ」
その話を聞いた時、彼も自分と同じく、何もかもを奪われてしまったのだと容易に分かってしまう。あの時、自分を暗い世界から引き摺り下ろしてくれたのはきっと、彼の贖罪のつもりだろう…それでも、自分は彼に何かしてあげたいと言う気持ちがあった。
ーー庭師が手入れしていた庭園を走り回っていた。稽古の後は、必ずこの場所に来る。今日は藤の花が綺麗に咲いている。
この季節になると立派に咲くそうだ。薄紫の花を見ると、何処か落ち着く感じがする。この時間帯だと庭師は居ない。だから自由に走り回れる。
この場所が自分にとっての世界だ。そう思える事が出来て、誇れる事が出来、嬉しかった。
この時間がずっと続けばいい。そう思えたい気がした。
ーーけれど、それは愚かであると思いたくないのに。何もかも奪っていく。