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柵 と 幸福な死


「――ねえ、師匠。質問があるんだけど」
それはあの日に遡る。


「剣は、何の為にあるの?」
なんて事の無い疑問を、師にぶつけた。師は刀を研ぎながら何も答えない。悴んだ手を包帯で巻きながらも、自分を拾い上げた師はいつも肝心な答えを言ってくれないのが不満だ。
「…剣は、何かを守る為にある」
「そうかな?僕から見れば…罪滅ぼしにも見えるように、思えて来て」
世間には疎いが、人を見る目は強い自分の瞳を見て、師は再び、何も答えなかった。師が問い出る刀は…切っ先が鋭く、とても長い。しかし、途轍もない恐ろしい何かが潜んでいるような気がして…。
「その刀は、何?」
「これは――長巻と言う類の刀だ。お前も見るか?…だが、お前も察する通り、悍ましい何かに蝕まれている」
嘗て師は、復讐の為に人を斬っていた。その刀で人を斬ったと言う事は…夥しい悪意と狂気が蠢いている事であろう。
「だから言ったであろう…剣は――誰かを守る為にある。決して、人を斬ったりするものではないのだから」


(――ああ、そうか)
師は、憎悪と狂気に駆り立てられ…その正気を保つことに必死と優しさ故に――狂気に飲まれて、鬼と化したのだ。その師を殺したのは、紛れも無い自分自身だった。
結局、彼はもう死なせて欲しかったのだろう。抑えきれない罪を抱え、剣は誰かを守る為にあると言う言い訳をしながらも――あそこで、罪滅ぼしとして自分を育て上げて、何事も無く死なせて欲しかった。そういう生き方が出来たら…けれど、罪の業に自分自身を押し潰され、彼は憎悪と狂気に飲まれた。自分は彼の介錯をしただけ。誰かの為、ではなくて…もう、死なせて欲しかった彼の願いを、叶えただけだ。
「――貴方は、そういう人だからな。肝心な事を、言ってくれない…そんな師に育てられて、私は、幸福だったよ」
果たして、それは最後の言葉となり得ただろうか。

この国から出て行く時に持って行った師の刀は、悍ましい妖気や狂気に蝕まれている。普通の人だったらもうとっくに狂気に飲まれているのかもしれない
――自分は、そうでもない。狂気に苛まれる必要はなく、この手で殺すのは――異形のみ。

そして…悴む狂気なら、私が一番、知っているのだから。






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