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月 と 機械人形


その目が恐ろしい。
その凍り付く様なソウルが忌まわしい。
お前の存在が、呪いに近い。

自分は何者なのかは分からない。生まれた時には親と言うものが分からなくて、ただ生まれた時から地下牢に幽閉されていた。生まれつきに魔術が得意で、誰も居ない時は魔術を使って一人遊んでいた。私は誰なのか、分からない。時折、兵士の話し声を聞いて、牢屋越しにこの国の王様と言う存在らしき人と出会うけど、何故彼が自分の目を見る度に、恐怖のような目で自分を見合わせないようにしている――自分は、生まれてはいけない存在なのだろうか。と言う恐ろしい事実が込み上げてきそうな感覚だった。擦り切れた腕で牢屋の扉に手を伸ばす。けれど、足に嵌められた足枷が邪魔していて、ドアを開ける事が出来なかった。鍵が掛かっていると言うのを、自分でも理解出来たまま、何故それを開けようと思ったのかは、分からなかった。

「おなか、すいた…」
死んだ鼠の死骸を手に取って、かじかじと辛うじて食べられる部分をかじる。ただ、何時もとは普段と違うように――あの王様らしき人が来なかった。その代わり、王様とは違う、異様な雰囲気の男と出会った。
「誰?」
私は薄汚れた手を牢屋越しから取り出して、辛うじてその姿を見た。あの王様とは違い、自分を見て畏怖を感じない表情だ。何かを知りたそうにしている目だ。
「お前は、私をどう思っている?」
「あの、王様とは違う人だと思っているよ」
「何故そう思うのだ?」
「だって、私を見て怖がらないんでしょ。それだけで嬉しいから」
「何故だ?理由は?」
「私は生まれて来なければいけなかった存在だから。それだけ」
すると老人は、私の牢屋の扉を――鍵を外して開けた。ついてこい。と、ただそれだけの、一言を言い…私は、彼に付いていく事にした。

彼の名前はアン・ディール。ヴァンクラッド(あの王様の名前)の兄で、この世界の呪いの謎に挑もうとしているらしい。呪いとは、人にかけられた不死の呪い。火継ぎと言う名の輪廻の砂時計。王と言う存在。それまでに何人かの王様がこれらに挑もうとしたが、無残な末路を辿る者ばかりであった。ヴァンクラッドは、王に近い存在だった。けれど、この真実を知ってしまったせいで――心が折れた、らしい。
そして、彼の話の途中で――自分の生まれも知ってしまった。自分は、この国の生まれの存在ではない。ある王家の落とし子。紛い物の神の血。暗夜の月の剣。火継ぎを薦める王家の主。神々の従者である巨人の国。そして、彼等に攻め込んだドラングレイグ。
ヴァンクラッドは、巨人達を奴隷にした。そして、巨人達の反逆に遭った。自分は、ドラングレイグの者達が持ち帰ってしまった赤子の一人だった。
だから、ヴァンクラッドが自分を見る目が――神々を恐れる様な目線だったとしたら、いっそのこと、馬鹿馬鹿しく思えてきた。可哀そうな男だった。けれど、アン・ディールは彼には一切の同情などしなかった。自分は、彼とは違い…呪いを超える存在になると言っていたのだ。
「…お前は、どうするのだ?帰ろうとしても、無駄だぞ。恐らくは、お前の存在を抹消されているだろう」
アン・ディールはそう言い、自分が何をしようとしても無駄だ。と言いたげな感情を込めた声で告げた。けれど、自分が居る理由が分からない、許されないものであっても…ただ、一つだけ願いがあるとしたら…。
「…お願いが、あります。私に――火を継ぐ為の玉座に連れて行ってくれませんか」

礼装を着た自分は、かまくらと思えるような、寂れたような場所にたどり着いた。玉座。彼等の悲願、火継ぎ。自分は巨人の国に生まれ、誰かに――乳母か、或いは母親に愛されて育つ筈だった。銀(シルヴァ)の娘であった。けど、何処かで時が狂い、自分は存在してはいけなくなった。
(…わたしは、生まれてきてはいけない存在だと思っていた。けれど…違った。確かに、此処に居た。確かに、愛されたはずだった)
アン・ディールが相方を連れてくる――お前と同じ奴隷階級の巨人の国の従者だ――と言い、この間から出て行った。けれど、けれど、願いが叶うとしたら――。

「…会いたい」
自分を愛してくれた人に、会いたい。
例え意味なんて無くても良い、会いたいのだ。けれど、それ以上に意味があるとしたら、ただ一つ。

この玉座に相応しい存在を。自らの神の主の悲願、火継ぎの成立を。






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