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展翅の蝶 と 噛傷


「ゴットヒルト殿、私の助手である彼を紹介します。…アーロン、挨拶しなさい」

「…宜しく」

その男を見た第一印象が「気に入らない」だった。何処までも、その素っ気無い態度が、何よりも気に食わないのだ。


大書庫は、ロスリック建国時にあったとも言われ、かの白き竜の技術が眠る宝庫とも言われていた。ビッグハット・ローガンの直属とも言われている古老はこの書庫に眠る結晶魔術を得、もう一人の相方はファランの助力を得る為に不死隊に加わった。
しかし、大書庫はもうひとつの裏側があった。天使信仰を何よりも頑なに信仰する騎士達と、真なる結晶魔術を得る為の妄執を続けている賢者のたまり場でもあったのだ。
正直に言えば、狂気の実験場とも言える。正気の者であれば、正気を失う程に何かしらの狂気の根源が眠っていると言えよう。そうして、王は大書庫に籠り――何らかの力を求めるあまり発狂してしまった。だが、これもロスリックの為なのだとただただ自分に言い聞かせ、思い込ませていた。ただ、その大書庫に一人の賢者が住まう時までは――そう思っていた。
彼の賢者は、狂う事も無く、大書庫に住まう。そして、火継ぎを懐疑する存在であった。そうした志に惹かれ、王子をはじめとした者達が、彼の所に集ったのだから。

「おい、賢者がお前を呼んでいる。直ぐに……」
自分の呼びかけに対して、その男は何も言わず、ただ目的の場所に向かっていった。口数は少ないが、実力は確かだ。ただ、ロスリックの者達は彼を信用などしていなかった。異国の者でもなく、賢者の助手と言う理由でもなく、不死でもない。その理由は、

ーー何処までも、現実を突きつける事しか言わないのだ。


「火継ぎは正しい、と思った事があるか?」
その日の警備交代の際に、バルコニーに居た彼に対してそんな疑問をぶつけた。彼は本を読んでいた。
「…一度も、無い」
「では、何が火継ぎに対して否定的なお前を突き動かしている?主か?それとも、自らの力か?火継ぎではなく、あの忌々しいロンドールやイルシールーー」
「違う。どれもこれも、そうじゃない」
ただ、彼の苛立ちが入り交ざるような声に、自分自身に対しての苛立ちがあるような、問い掛けをしてしまったのだ。

「死人の為」

死人の為だと言う。不死ではなく、死者の為。それが何の祈りになるのだろうか。

「…正直に言えば、貴方が羨ましかった。彼等の為に戦い、何かを守り、願いを叶える為に生きようとする貴方が。私には、それが出来なくなってしまったから」

ただ、自分は彼の事を理解しようと思っていたのに、突き放されてしまうような形になるなんて、思っても居なかったのだから。

「けど、私はそんな生き方をしたくない。…一度辛い現実を知ってしまった以上、私はどんな手段を選んででも、生きなければならない。そんな生き方しか、出来ないのだから」

ーーこの男に、本当に誰も手を差し伸べる人は居なかったのだろうか。
ーー現実を知る事しか出来ない以上に、理想とは残酷成りや。そんな生き方をする方が、苦しく思うのだ。
何もかも、壊れていく理想を見る事が出来ないこの男を、理解する事なんて、想定出来やしない。それが、断絶である以上に、この男に対して理想事を、語るのは無意味に思えてくるのだろう。

ただ、自分はこの時――ロスリックは内部から徐々に崩壊しつつあるという事実を、目を逸らしていた。だからこそ、自分はこの男の言葉に苛立ちを隠す事が出来なかったのだろう。



「――理想事を、語るのは簡単だ」
自分はあの時、彼に対してそう言ってしまった。貴方が羨ましいと。ただ、その負の連鎖を繰り返す以上、世界が壊れていく事を彼等は目を逸らし続けていた。だから、あの時。
「…けど、貴方は私の負の側面だったのかもしれない」
前向きに、真っすぐに目を向けていた頃があった。どうしようもない現実を突きつけられたことがあった。
ーーそれに手を差し伸べてくれたのは、あの男だった。
「…何處へ、行きたい?それは、私にも分からない…」

当てのない荒野を往く。それが、何処に続くのかは自分にも、分からない。けれど、自分の叶えたい願いを、叶える力があるならばーー何処までも行けるか、分からないが、きっと叶えられるのだろうと、信じ続けている。

「何処までもどうしようもない、現実をーー抗い続けるのは、難しいけれども」
きっと私なら、それが出来るのだろう。






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