image

虹彩異色症の鳥 と ワルツ


王とは何か、それは父性と母性を兼ね合わせた者であり、あまねく者を受け入れる存在だと誰かが言う。
畏敬を持ち合わせ、優しさを兼ね揃え、寛大さを持ち合わせる者こそが、真の王とならん。
それが彼等が求めている王の存在だ。全てを受け入れる器であるからこそ、その命を火に焚べよ。
はじまりの者達の魂を手にしてーー。


彼がこの場所に来た頃は、酷い状態だった。何もかも無関心で、食事すら通さない態度だった。あの場所でそのまま朽ちて行けば良いのだと彼の本心はそう告げているように思えて来て、不愉快な気分だった。
「…だから要らないって…むぐ」
文句ばっかり言ってないで、さっさと食べろと言わんばかりの態度を押し込めながら、彼の口にパンの欠片一切れを、入れる。
王とは父性を持ち合わせる者だ――それが、少しわかるのかもしれないと思えてしまう方が何だか情けなくなった。

自分で何でもできる方が、大間違いだ。誰も彼に優しくしてくれる者などいなかったのだろうか。増してや、自分のやっている事を偽善者と扱う方で。
長らく眠っていなかったのか、寝ている時は安らかな顔をしている。それでいい。何もかもに無関心になるよりも、静かに寝る方が心が安らぐのだから。

「――ところで、話があるのだが」
「何とでもどうぞ」
「…この前は、心配して呉れて……その、ありがとう」
「ええ、私は怒っていませんよ」
そんなやり取りが出来たらそれで十分なのだ。人でありたいという願いの、何処が悪いのだろうか。

紙に書いたインクと血で滲む様な思いは、何処か優しい思い出を描くように――世界の終わり方を知らない彼の言葉のように、優しく、濁るようで。
彼に世界の終わり方を教えるように、其のインクは彼等の王の血で出来ており、彼の血は数多の愛と悲鳴と嗚咽で出来ている。
彼の描いた物語は、インクと血で出来ている。けっして普通の人には理解し難い、分かり難い、救いようのない悪夢譚(フェアリーテイル)でもある。

歌を謳う喜びも、泣き、笑い、微笑む感情も、その全てが彼にある。
たどった道を、失いたくない願いも、記憶も、彼自身を。
それが彼の選ぶ道なのだから。


賢者は、彼が書いた一節の文を読んでいた。それは、叶う筈の無い物語でもあった。
『深い地の王様は、心優しい竜と、一緒に、何時までも幸せに暮らしました』
そんなものは無い。あるのは私欲に塗れた者達によって毒に塗れた歪んだ聖なる都だけだ。
『凍て付いた白き王様は、美しい娘と、頼れる騎士達と一緒にいつまでも王都を統べました』
凍て付いた地に眠るのは、悲劇だけだというのに?
『誇らしげな王様は、二人の信頼できる臣下と一緒に美しい国を治めました』
けれども、愚かな末路を辿った弟王は最後まで、信じる事を諦めなかった。それでも、あの真実を知るまでは。
『鉄の王様は、心優しい妻と、頼れる騎士と一緒に――』
それが、彼の本当の願いだった。そこで、結末は白紙のままだ。インクと羽ペンが乾ききって、机に転がっている。
この世界は不条理だ。誰も彼も願いの叶う事の無い世界。それでもお前は未だ、この世界に希望を求めるのか。
とうの昔に忘れた、生への渇望を、彼は其れを求め続けるのか?


その日、ロスリックに雪が降った。
あの日を思い出す。白き都に、彼女に手を引かれて街を歩いた日々を。
昔の自分なら、前に進める覚悟なんて無かっただろう。今はどうだ?不可思議な賢者に導かれ、この世界の理を変える法を探っている。けれど、一つ気がかりな事があった。

落書きじみた羊皮紙が、無くなっていたのだ。

あんな紙切れは、ただの自分の願望に過ぎないというのに。誰かが持ち去って行ったのだろうか?
それともーー自分の理念を、気に入った人が居るのだろうか?
恐らくは、彼だろう。…ただ、そんな事を頭の中に隠したまま、雪が降る窓を見上げる。

「…大丈夫だ、もう…前を向いて歩ける」

そんな不可解な自信を、身に付けたまま。






×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -