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左胸の弾丸 と 解けない繭


その子供は酷く心を閉ざしていた。あの惨劇を起こした張本人であるのか、家の者は「そいつを引き取るのは止めておけ。化け物だぞ」と彼を蔑み、糾弾をしていた。元はと言えば彼の虐待を止めなかった彼等の本末転倒だろうに。言い訳など見苦しい――と言葉を飲み込みながら、彼にお手玉をあげた。
「……いらない」
ずっとあの調子だ。恐らく母親の形見を壊されて以来、誰とも関わりたくないのだろう。仕方のない話だ、あれは母親の最期の思い出だったのだから。

(…無理も無い、唯一の肉親を亡くしてからはずっとあの調子だ。下手に刺激をすればまた関係が拗れる事になる)
彼を引き留める権利など、何処にも無かった。そうだ、ずっとあの時からーー自分は、また何かを失う事を恐れている。
ずっと塞ぎ込んでいる彼の心を開かせるには、まだ時間がかかりそうだった。


庭で、衰弱している百舌鳥を見つけた。恐らく、野犬に襲われたのだ。あの不死街地域の野犬は獰猛で、毒を持っている。誰も手入れをしていないのだ。襲われた後に、力を出し切って此処までたどり着いたのだろう。可哀想に。
「どうした?」
彼は、傷ついた百舌鳥を見て何かを言いたいように見える。百舌鳥を掌に載せ、助ける事が出来ないのか。と言いたげそうな目線で訴えた。
「無駄だ、それが彼の天命故に助ける事が出来ん」
彼に現実を突き放すような言い方をした。情を棄てなければ侍になる事が出来ない、とまるで打ちのめす様な言い方だ。事実、情を棄てないと――一瞬で死ぬ事もあり得るからである。
助ける事も出来ない百舌鳥は、そのまま衰弱して死んでいった。
「…部屋に戻るぞ、もうじき雨が降る」
彼は何か言いたげそうにしているが、死んだら何もかも終わりだ。そのまま彼を寝室に引っ張った。


暫く熟睡していた時に、布団から起き上がる音がする。戸を開け、そのままどこかに行く。用を足す辺りだろうと、最初は思っていたが…暫く経っていても、彼は戻って来ない。
(まさか…な)
だが、彼は不満げな表情をしていた。百舌鳥がそのまま野垂れ死ぬ事に不満を抱いているのだろう。だが、この国は狂気に苛まれている国だ。死んだら墓は不要。そう言う価値観の国だ。
若しかしてーーと、行先は分かっていた。

彼は土砂降りの雨の中、ぱんぱん、と何かを土に埋めていて木の棒で墓を建てていた。
「――それでも、墓を建てるのか」
こんな救いようがない国に墓は不必要である。死んでも亡者となっても、どちらかになろうが墓は不必要だ。それなのに彼は墓を建てるのをやめない。
「…母さんが死んだ時に、誰も墓を作ってくれる人は居なかった。寧ろ、無駄だって」
母親が死んだ時の事を思い出していたのだろう。死んだ百舌鳥に墓を建てる事は、彼がひとりで母親を弔ったと言う事なのだろう。
「母さんの墓を、造らないと…そこに、母さんが居たっていう事を忘れたくないのに。死んだら、忘れられるなんてさ…そんなの、嫌だ」
泥だらけの手で、百舌鳥の墓を埋める。ぽたりぽたりと、一滴の涙がこぼれる。彼は、一人で現実に打ちのめされても――それでも、誰かの為に立ち上がらないと、自分自身を喪失してしまう恐怖に打ちのめされる方が怖いから、無意味な事を続けたがるのだろう。

「…お前の気持ちを、誰も理解はできないのかもしれない…が」
その行為は、決して無意味な事ではない。と訴えかけようと、小さな手を握った。
「…あの冷たい雨の中、一人で居るのは心細かっただろう。暖かなお湯に浸かり、明日の稽古はお休みにしようか」

彼は静かにうなずき、自分に連れられて部屋に戻った。後ろを振り向くと、造りかけの百舌鳥の墓が、ただ冷たい雨の中、静寂にそびえたち続けていた。






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