氷中落果






ずた布に近い外套を纏った男は、手に通貨を持っていた。旅路の途中で持っている所持金が少ない故に、宿屋に泊まる事が出来やしない。放浪の旅をしている最中に所持金が残りわずかなのは致命的問題だ。ふと、海鮮の美味しそうな匂いがこちらに漂っていた。夜盗と思わしき男が、エビやカニと言った魚介類の食べ物を茹でて煮込んでいたのだ。男は、こちらを見て久々の来客なのか、声をかけた。
「ところであんた、葦の地からやって来た客人か?」
「…まあ、そういうところだ」
そうか。と男は、鍋でエビやカニを茹でていた。自分は座り直し、茹でているエビやカニを見つめ、口を開けた。
「――エビやカニは、白米と合わせて食べると美味しいらしい」
「お前もエビ好きなのか?」
「貴方の言う葦の地では、エビやカニを白米と合わせるだけじゃなく…鍋にするのも美味しいからな」
「…お前とは気が合いそうだな」
「ははは、それはどうも」
男と会話しながらも、この場所で野宿できそうな場所はあるか尋ねた。すると男は「この場所で野宿はやめときな」と首を振った。

「――この地にな、悪霊が出るんだ。殺された歌姫の悪霊が」

悪霊。そんなバカな事を…と思ったが、どうも男の目は本気らしい。どうも、次々と旅の者が殺されているらしい。よそ者の自分への警告だろうかーーと、思ったのだが。『殺された歌姫の悪霊』と言われると、真偽を確かめたくなる気もある。
「お前さん、その顔を見れば胡散臭い噂を確かめたくなったのだろう。俺は止めないが…もし、生きて帰ったのならばその噂の真意をぜひ聞かせてくれねえか」
「ああ、良いだろう…もし、良ければその悪霊が出る場所の地図が欲しいのだが」
男ははいよ。とその噂の歌姫の悪霊が出る場所を記した地図をこちらに手渡した。成程、地下墓――これは確かに悪霊が出てもおかしくはない。

「(…とは言ったものの、これは悪霊云々以前の問題だ)」
地下墓―――とは名ばかりで、罠がわんさか出てくるわスケルトンに亡霊騎士だわで、悪霊が出る前にこちらがくたばっても可笑しくはない。どこのどいつがそんな出鱈目な噂を流し込んだのやら。目的の場所に辿り着く前にこちらが息が切れそうなのだが。仕方がない、思い切って強行突破をーーと思った矢先に、みしり。と自分が立っている床がひび割れている事に気付いたがもう遅い。がららと崩れーー……自分は奈落へと落下していった。

ーー最後に耳元で聞いたのは、優しげな歌声だった。




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