マクスウェルの既知なる結末
デルファイが閉鎖される――しょうがない、あのウィルスパニックで多くの死者や感染者が出た。仕方のない事なのだ。首謀者は倒され――事態は一時終息に陥った。いや、アンブロンやファーストエイドに大きな傷が残った。首謀者はデルファイのCMO…自分の教え子であり、弟子であったファルマだった。有り得ない、信じられない。と言う気持ちがいっぱいだった。だが、ファルマから語られる残酷な事実と、どうしようもない現実が――胸に突き刺さった。あの時、彼を救ってやれたら?救ってやれない現実が、響いた。
オーバーロードのあの悲惨な一件の後、ラチェットはファーストエイドの私室に向かった。ファーストエイドはカルテを取っていた。恐らく今回の事件の負傷者や死者についての事を書いていたのだろう――ラチェットは悩んだ表情をしていたのに気付いたファーストエイドは「どうしたのですか」とこちらに振り向いた。
「…ファルマの事を考えていた。あいつは、私に対して何かを叫びたいような気持を押し殺していた気がしたんだ」
「……でも、僕にはまだ、信じられないんです。どうして、ファルマ先生はあんな事を…ただ、DJDから僕らを守る為に……?だったら、ファルマ先生の気持ちに気付いていれば、何とかなったのかもしれません」
「やめておけ」とラチェットはファーストエイドを制した。
「…分かっている筈だ。相手は――DJDだ。お前さん達ではあの戦闘用に特化された……虐殺、いや、処刑部隊には太刀打ち出来ない。そうなったら、もっと悲惨な事になっていた筈だ」
ファーストエイドは険しい表情をした――が、直ぐに不安な表情に戻った。
「もしかして、ラチェット先生――ドリフトの事、悔やんでいるのですか」「何で」「ドリフトが出て行く時の事ですよ」
貴方は、ファルマ先生を救えなかった時と――そして、彼を引き留められなかった気持ちを、まだ消化しきれないんですか。
「彼、凄く罵声を浴びられていました…「結局はディセプティコンだ、碌な事を考えない」って言うクルーの声が、響いているような気がして。だけど、ラチェット先生は…彼を、引き留めようとしていました」
そうですよね?とファーストエイドの言葉に、ラチェットは少し、動きを止めた。
「…ああ、そうだ――だが、ドリフトが決めた道だ。もし、あいつが――いや、この話は、また今度だ」
「…その話の続き、聞かせて下さいね」
ロックダウンはティレストが連れて来たこのファルマと言う男については詳しくは知らない。ただ知っているのは――デルファイのCMO、オートボット軍医ラチェットの弟子だったと言う事実だけだ。美人の顔だ。とファルマに近付こうとすれば、かなり心が無い言葉を浴びせられた。どうやらスターセイバーやティレストに対する態度を考えると、相当なディセプティコン嫌いなようだ。ああ、そうだったな――デルファイはあの悪名高きDJDの領域の一つだ。あの得体のしれないターンと言う男にかなり酷い目に遭わされたんだろうな――と心の中で思った。だが、あのティレストという男は一つの問いかけをした。
「神は居ると思うか」
と言われたら、スターセイバーは「居る」と答えたであろう。しかし、ファルマは「NO」と答えた。賞金稼ぎである自分は、ファルマと言う男について――考えていた。師匠であるラチェットが無神論であり、彼もまた無神論だ。いつかスターセイバーに殺されるだろうな。いや、半殺しにされる程度だろうな。一応このルナ1のお偉いさんであるティレストに殺されかねないからな。と自分はそう思っていた。
「では、貴様はあの男についてどう思う?」
「いいや?普通に顔は美人な医者だけどよ――中身は精神がイカれてるのか、正気とは思えない態度をする」
剣を持った男は「そうか」と無言のまま見据え「だが」と口を紡いだ。
「あの男も、私と同じだ」
「ほう?プライマスを信じたお前と、あの医者とどう同じなんだ?」
スターセイバーは、ある正論を告げた。
「あの男は、尊敬に値する師を神として信じ――そして憎悪している」
ほう、とロックダウンはスターセイバーを見上げた。この男、同胞であるサークルオブライトを裏切った挙句に長であるダイアトラスを捕らえた上、かつての仲間を殺してそのパーツをレジスレイターの素材にするという神を信じる者の所業とは思えない行為をしている。愛と憎悪は紙一重――まあ、そうだろうな。何が「愛で世界が救われる」だ。結局戦争は、その「世界を救う」と言う一筋の引き金から始まったようなもんだ。とロックダウンは、スターセイバーと別れた後、ラボへと向かった。
「失礼するぜ……寝ているのか?」
ファルマはラボの机に突っ伏して眠っていた。カルテやリストに、何らかのパーツや材料について書かれていた。まったくあのイカれた裁判官は何を考えているんだ。と静かに一人部屋でぼやいたが――ファルマのある言葉に気付いた。
「ラチェット……」
ラチェット。あのオートボットの医者の名前か。
――そう言えば、ティレストがこいつをつれて来た時に、かなり目が疲れていたな。
余程DJDに苦しめられたのか、眠れていなかったのだろう。今はぐっすり眠っている様子が見られ、ロックダウンはまた、ぼやく。
「――こいつ、幸せそうに眠ってやがる」
この場所が、一番居心地が良いのか、それとも――それは、ファルマ自身にしか分からない事だった。
君は何処へ行く、君は何処に行く
(もう戻れぬ、あの日々に)#prev - #next