アスク城のバルコニーは冷たい風が吹いている。プリシラははーっと息をして、夜空を見る。夜空は格別に綺麗だ。だが、此処を訪れる者は少ない――今は、目の前の現実を見つめるしかないと自分がクロムに言った通り、エンブラ帝国との戦いに備えているから、気紛れで此処を訪れる者は少ない。
「…あれ、プリシラさん?」
聞きなれた声がして、後ろを振り向けば――カムイが居た。彼女は如何して此処に居るのだろうか。すると彼女は「実はですね、星界で見た夜空を思い出しちゃって、此処に来てしまったんです」と説明した。
「綺麗な夜空ですね」「はい、そうですね」
プリシラとカムイは些細な会話をしているだけだが、何やら空気が気まずい。と感じたのは長い時間、沈黙していた――が、先に口を開いたのは、カムイだった。
「…あの、ですね。カミュさんが私に変に接していたのは…私の、生い立ちが関係していたのかもしれませんね」
「えっ?」
プリシラは口をあっけなく開いていた――カムイは、口を開き…言葉を紡いだ。
「私は…本当は、白夜王国の生まれじゃあ…ないんです。透魔王国に生まれたんです」
透魔王国…前に、アカネイアについて調べた際に、カムイの生まれた国の事を調べたいので、書物で調べた事がある。透魔王国――見えざる王国と言われている、不可思議な国。
「母親は…白夜王国の女王のミコトなんですが…、父親は、違うんです…ハイドラと言われる、始祖竜と言われる竜なんです」
カムイから放たれた衝撃な言葉に――ピースが次々と繋がっていく。
「ハイドラは突然暴走して…次々と透魔王国の人達を殺して、自らの眷属にしていきました。生き残った二人の王族の姉妹は――別々の場所に、匿われました。暗夜王国に匿われたのは、アクアさんのお母さんであるシェンメイさんで――白夜王国に匿われたのは、シェンメイの妹である、ミコト…つまり、私のお母さんなんです」
虐殺されていくアカネイアの王族、生き残った王女、暴走し、怒り狂う竜――ピースが、填められていく。
「…でも、お母さんは、突然の襲撃で死んだ…でも、ハイドラの眷属となって、お父様のスメラギと一緒に、私達に立ち塞がったんです」
眷属。その言葉の意味は――十分に知っている。ネルガルによって作り出された…黒い牙のモルフを。あれは…死者を冒涜しすぎたのだ。
「…私が、両親を倒したのです…でも、眷属となったお母さんや、お父さんを呪縛から解放するには…それしかなかった。とても、辛かったんです」
…自らの手で、両親を殺すしかない残酷な決断――其れは、酷く辛いものだろう。
「…あの後、マークス兄さんの所で、いっぱい泣いてしまいました。兄さんは「今は…泣いてもいい」と言っていました。辛くて、悲しくて…それでも、前を向かなきゃ駄目なんです。そうでもしないと…ハイドラを倒さなければ、この戦いは、終わらなかった」
カムイの言葉に、プリシラは前を向く。
「…もしかしたら、カムイさんは…マークス兄さんの事を、大事にしているのかもしれませんね。誰かにも、優しく接していける人なんだと思いました…でも、其れは違った。壮絶な人生を送っていたからだ。本当の母親と父親の温もりを知らず、きょうだい達の愛で育った竜の血を引く少女。カムイは、健気に生きている。けれど、其れでも震えてしまう。ニーナ王女は――運命に耐え切れなかった。愛する人を失い、望まれぬ道を進むのは…決して辛い、絶望な決断だったであろう。彼女の姿を、声を、未だ見た事は無い。この世界に召喚されていない。だけど――彼女の道のりは、決して無駄ではありませんように。とプリシラは祈った。
「…カミュさんを見ていると、何だかマークス兄さんを思い出してしまいます。不器用で、真面目な人間なんだけど…誰よりも優しく騎士である事を、誇っている人なんですね。安心しました」
プリシラは、カムイの言葉に静かに頷き…バルコニーを後にした。


蝶はどこへ帰るのだろう



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