獣と銀色の花

森の中には醜い化物が住んでいると言う噂が有ったのです。
化物に見つかると、食べられると言うとっても恐ろしい噂が有ったのです。
ですが、其の真意は分からぬままで――喜歌劇のお話の一部の一片です…。

午後3時までに帰らなければ、おやつの時間に遅れてしまう。
彼女はそう思いながらも、走って逃げていた。
銀色の髪に揺れる金色の瞳がキラキラと輝いていた。彼女はとある王家の跡取りであるが――人攫いに追われていた。
臓器を売り払っている人攫いが銃を持って彼女を追いまわしていた。
大した人間である。と敬意を払うも、うっとおしい事には変わりは無かった。森で追って追われての喜劇でもある。
「待ちやがれ…このクソガキ!」
金色の瞳を売り払う事は出来ない。増してや、美しい彼女を殺すことが出来るとでも言うのだろうか?
男は銃を持ち、彼女に向けた。

乾いた銃声音が響いた。

意識が朦朧としている中、腹の中身が一部欠損している事に気づいた。
臓器を一部持って行かれた。人売りが彼女の綺麗な臓器を持って行った事は間違いは無いだろう。だけど、痛みが体に悲鳴を上げる。
あぁ、私は死ぬのか。
銀色の髪に血を濡らし、意識が朦朧とする。
薄れ逝く意識の中、一つだけ御伽噺があった事に気づいた。

『醜い獣と交ざり合えば、不死になれる』

そんな御伽噺は全く嘘だろう。しかし、信じたいものだった。
すると男が現れ、彼女に寄り添った。醜い獣であれ、死ぬ事が怖いのなら――いっその事食べられる事を覚悟して死にたい。
彼女の唇に寄せ、キスをする。
舌と舌が混ざりあい、声が少しだけ出す。男は彼女の首筋に噛み付き、吸血鬼の様に歯形を首に残し、少量の血を飲んだ。
彼女は意識を失い、遠く声が聞こえたような気がする。

餞の皇女様は声を失い、
其れでも空虚花を髪に寄せる。
其れでも貴方を愛している。
私は貴方を愛している。

目を覚ますと、ベッドで寝かされていた。
銀色の髪を揺らしながら、痛みの原因だった腹を見る。
失ったはずの臓器が無い。
再生している。まるで不老不死になった様だ…。

黒いドレスを着ていることに変わりは無い、だが…唇にかすかな感触はまだ残っていた。確かに自分は死んだ筈だ。
醜い化け物は本当に存在したのか?
私は死んだ筈では無かったのか?
ぐるぐると疑問が駆け巡り、本当に生きているのか確認する事となった。

まずはドレスを脱ぎ、抉られた臓器のある部分を調べた――鏡を見てみると、抉られた部分が何事も無かった様に再生している。
血が散らばっている髪の毛は綺麗に拭き取られており、まるで御姫様の様だと思う。けれども、彼女は生きていた。
死んだ人間が生き返るはず等無い。馬鹿馬鹿しい御伽噺だと信じていたあの頃、だけど、私が生きているのならまだやる事が残っているはず。
黒いミュールを履き、ドアを開いた。

宮殿の様な廊下であり、自分一人で生活するには十分に足りる事であろう。
けれど、其れは幽霊的な感触もする。
助けた彼は何処に居るのか?
だけど私は一度死んだ。

ホールに辿り着くと、一人男が居た。
まるで醜い化物の角をしている。悪魔と言うものであろうか?
彼女は階段を一つ一つ降り、彼の元に寄ろうとしていた。
だけど、君は誰だ?とは言う事は無かった。
彼女が恋焦がれた人間は死んだ。今生きているのは自分と言う名の抜け殻。不老不死に魅入られた自分。
男に寄ろうとした瞬間、抱き締められる様な感覚がした。
抱き締められても、彼女は気にしなかった。

私は恋焦がれた、醜い化物に、恋焦がれた。



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