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・バレンシア歴405年 花の節 12日
今日、村にジークがやって来た。二年前にアカネイア大陸で英雄戦争が勃発して、戦争が終結したらしい噂が立っているらしく、ボクやお兄ちゃんと一緒に戦ったあのペガサスに乗った三姉妹も、祖国の王女とともに戦ったらしい。ええと、王女様の名前は確かミネ…ミネル…ミネルヴァ?(後から聞いた話だと、ジークから「ミネルバ」と言われた)名前忘れちゃったけど、英雄戦争はかなりの被害が大きかったらしい。英雄王マルスが暗黒竜を打ち倒し、平和をもたらしたって言う噂で大陸全土が持ち切りだ。で、ジークが村にやって来て、ティータのもとに帰る最中、泊まらせて欲しい――少しの間、この村に滞在させて欲しいとお兄ちゃんに頼んだらしい。ボクは、森外れに居るジークに話しかけた。
「ねえ、ジークってあの戦争に参加したんでしょ?その仮面、お兄ちゃんのものだよね」
ジークは仮面を外し、驚くような表情でボクを見た。
「この仮面はリュートから授かった物だ。よく分かったな」と言った。
「友達いないお兄ちゃんだもん。妹のボクには分かるよ」と言い返した。するとジークは、

「祖国の王の遺児達とよく似られる」と言っていた。

・バレンシア歴405年 花の節 14日
ボクはお兄ちゃんから無断で魔法を使った罰として「今日一日自分の部屋で本を読んでろ」と言われて、不貞腐れて本を読んでいた。すると窓にジークが窓をコンコンとノックしたので、こっそりジークをお兄ちゃんに内緒で自分の部屋に迎え入れた。
「今日は何を読んでいる?」と言ってきたので、ボクは正直に
「魔術の使い方」と答えた。

そう言えば、あのペガサスナイトの三姉妹と一緒に戦ったらしいけど、そのあとどうしたの?って問い掛けると彼は無言のままだった。どうやら、三女のエストがパラディンのアベルと一緒に消息不明らしい。悪い質問をしちゃったなと思った。ボクは少し罪悪感を感じた。そう言えば、二日前に言っていた「祖国の王の遺児達」って何の意味なんだろうとジークに問いかけた。

「ねえ、あの言葉の意味、どう言う意味なの?」
「私の祖国の亡き王の双子の幼い王子と王女だ。少しわがままだが、国を思いやる姉の王女がユミナで、弱気だが、秘められた魔力を発揮した弟の王子がユベロ。二人は私や、将軍のロレンスを慕っていたのだ」
「じゃあ、そのロレンスって言う人は今何処に?」

ジークは黙ったままだ。彼の顔つきから見ると、恐らくロレンスと言う人は既に…それ以上、聞かないでおく事にした。

「祖国…祖国って、お兄ちゃんから聞いた話だと、グルニアって言う国なんだよね?グルニアはドルーア帝国に加担して戦ったと聞いているけど…」
「グルニアは、後の英雄王となるマルスらによって壊滅状態になった。王は病で亡くなった。残された王子達も、危うい所だった」
「へー…じゃあ、ジークって何の為に戦ってきたの?」
ジークは、悲しげな表情を浮かべ――ボクを見てこう言った。

「過去に犯した過ち」と。

・バレンシア歴405年 花の節 15日
ジークを起こしに行ったら、魘されていた。ボクは起きてとジークの体を揺さぶっていたけど、口からこんな言葉が聞き取れた。

「ニーナ」って。

ジークは起きた。ボクは食事を持ってきて「一緒にご飯食べよう」と森の中に誘った。
「ねえ、ニーナって誰なの?村の人から魘されていたって言われてたよ。時折、その名前を呼んで魘されていたらしいけど」
ボクは恐ろしいもの見たさで問い掛けた。多分、触れてはいけない過去に触れようとしている。ボクは、多分、ジークの心の闇に触れてしまうと考えている。けれど、怖いもの見たさで言ってしまったんだと思う。すると、ジークは仮面を外して、辛い表情をしてこう言った。

「最初の初恋の人で、私の罪だ」と。

ジークの紡ぐ言葉は、信じられない事実を伝えた。ジークは元々カミュって言う名前で、グルニアの黒騎士団を率いていた将軍だったらしい。けど、ドルーアに強制的に従われる形になった。ドルーアはアカネイアの王族達を次々と惨殺し、生き残ったのは、その聖王国の血を引くニーナ王女だったらしい。ニーナ王女はジークに恋をしていた。けど、敵国の将軍と聖王国の血を引く王女が惹かれてはいけない。彼は部下と一緒に決死の覚悟でニーナ王女をオルレアンの弟王子ハーディンに逃がし、ジークは捕らえられた。見せしめに服剥ぎ取られて牢に入れられて輸送されたらしい(これはかなりたちが悪いと思った)。それ故に、彼はドルーアに強制的に従いながらも、必死でニーナ王女を想っていたらしい。でも、最後にはマルス軍に討ち取られた形で終わった。

「その後の経緯、ティータから聞いた。記憶を失ってリゲル帝国の浜辺に漂流したって。ボクも知ってるよ。だって一緒に戦った仲だもん」
ボクはそう言い、もぐもぐと食べていた。ジークは「健気だな」と答えた。

そして、彼は話の続きをした。ニーナ王女が苦渋の決断をしてハーディンと婚約したんだけど、それが何の引き金か、ハーディンにガーネフと言う司祭(ドーマ教団の妖術師と同じみたいなものだろう)にニーナ王女に愛されない心の闇を付け込まれ、暗黒皇帝となって各地に猛威を振るった事を。そして、ジークはその仮面を被ってシリウス(名前の由来を本で調べたら焼き焦がすものの意味だった)と名乗り、この大陸を離れてアカネイア大陸で後の英雄王マルスと一緒に戦ったらしい。ニーナ王女はほかの浚われたシスター達と一緒に暗黒竜メディウス復活の生贄にされかけたらしい。ジークは彼女を助けた。

「…ニーナ王女、どうなったの?」
「自らが犯した過ちを悔いて、姿を消した。私は、彼女を幸せにしてやれなかったと思っている。この手で、抱いておけばよかったと思っている――ただ、幸せになってほしいと願っている」

話をしていたらもうこんな時間だ。ボクはジークと一緒に森の外へ出る事にした。

・バレンシア歴405年 花の節 16日

ボクは村外れにジークを見つけて、話をした。ニーナ王女や、祖国の事じゃない。ジーク自身の事が聞きたかった。
「君は確かに魔力が桁外れだ。将来も期待出来る、そして――何より、この大陸の事を任せられる」
「そうじゃないんだ…ボク、ジークに聞きたい事があるんだ…辛くないの?愛していた人を幸せにしてやれなかったと悔やみ、敵国で不本意な戦いを強いられて、どんな辱めも甘んじて受けて…聞いているだけで、ボクも流石に…」
すると、ジークはボクの頭を撫でてこう言った。

「君は優しい。だから――罪を犯すな。私のように、多くの人を不幸にする罪に苦しんで欲しくない。全うな人生を送って欲しい。そして――大事な人を、悲しませるな」

黒い手袋越しに伝わる温もりが、暖かかった気がした。ボクは、仮面を外したままのジークの表情が、優しげな表情を浮かべていたけど――何処か、悲しげだった。

・バレンシア歴405年 花の節 17日
ジークはリゲルの村に帰って行ったとお兄ちゃんから聞かされた。早朝にひっそりと誰にも知られぬまま出発したらしい。お別れの挨拶も言えないまま、ボクは窓辺に寄りかかっていた。
窓辺には、クロッカスが置いていた。ジークがお別れの挨拶の代わりに、これを置いて行ったのだろうか。
(でも…)
彼は、激動の人生を送っていた。それでも、彼はどんな思いを抱いていたのだろうか。
(あの戦いは、ボクも覚えいてる)
ドーマとの戦いで、聖槍グラディウスを携え――神剣ファルシオンを持って戦ったアルムと一緒に、優雅な槍捌きをして戦った彼は、鬼神の如く魔物を一掃していた。
(あの槍、ジークは「手に持ったら、懐かしい温もりを感じた」と言っていたけど…過去のジークは、どんな気持ちで、戦っていたんだろう)
(けれど、過去を問いかけるのは良くない)
ボクはそう思い、少し萎れ掛けたクロッカスを花瓶に入れた。

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