・微妙に篠崎版設定を含みます。
穢れ無き月の 毒に蝕まれた 透き通る白き躰は 錆色に染まって
月が夜を照らす。そう、それは穢れ無き、真っ白い色をした月だった。素顔を覆う、仮面を被った、一人の騎士の姿を、照らし出していた。彼は、滅び行く祖国の為に戦い、存在を抹消された誇り高き黒騎士だと、誰が思うのだろうか。一人、歌を口遊みながら――宛ての無い何処かへと彷徨う。
もし私が いなくなれば この世界は やがて閉じる
彼は愛する、白き薔薇の姫君を助ければそれで良かった。例え、ドルーアに囚われても――屈辱的な、仕打ちを受けても、彼女を救えば、其れで良かった。ドルーアと手を組んだ祖国グルニアの為に戦い、結果的に私は敗北し、深い水の中に落ちた。何の因果か、記憶を失っても尚、異国の地で、自分を救った愛する者の為に戦った。祖国は滅び、愛する者は大陸を救った英雄と婚約を果たした。だが、待っていたのは――地獄だった。
祖国グルニアは暗黒皇帝と化した者に蹂躙され、略奪行為を働く者達も居た――王の遺児達も、無事では済まなかった。それでも、彼女は――亡き私を愛していた。それが、大陸を救った英雄の心に、暗い影を落としたのだろうか。それでも、私は彼女を咎める事は出来なかった。彼女を愛した黒騎士はこの世には居ない。ただ、其処に居るのは一人の旅の騎士だけだ。
赦された時間は 風の如く過ぎて 遺された大地は 薄らぎ消えてゆく
歌を口遊む。かつて、共にドルーアを統べる者を共に倒した後、大陸を制しようと誓った男を思い出した。彼は、妹と最後は分かち合ったのだろうか。あれ程、妹達が慕っていた父を殺し、妹は兄に反発した。幼い妹を巻き込み――最後に私が来た時は、彼は最期の時を待つだけだった。彼は私に詫びた。すまなかったと。最期を看取った後、私は――彼が、孤高で、気高きマケドニアの竜騎士ではなく、孤独な日々を送っていた、一人の男の姿だったのを思い出した。
霧に咲く花も 霞を呑む草木も 暁に目覚める前に 人知れず逝かせて
此処に居るのは、グルニアの誇る黒騎士でもなく――彼女が愛した男では無く、野望に燃ゆる王の盟友では無く、一人の孤独な、旅の騎士。何処まで、続く旅路なのだろうか。
もし私を いつのひにか 見つけたなら 教えて欲しい
彼女には、私の事を忘れて欲しいと願っていた。結局は、私はただの、孤独な騎士のまま――彼女を救えたのなら、後悔なんて無かった。私は、終の場所を目指して…ただ、果てへと行く。
私の死に顔は 笑えてましたか この胸の痛みに 耐えれていましたか
果てへと、行く。黒いマントをはためかせ、仮面を被り――誰とも干渉せずに、唯一人、傍観者の役目を終え…不気味なほどに白い、月明かりに照らされて。
私は、最期の歌を口遊む。
湖の底で 月に抱くかれ眠る やがてこの世界閉じても 淋しくないように
歌詞:穢れ無き月の毒/妖精帝國