はらりはらりと、髪結びを外して白い髪がさらりと下ろされる。ダイアトラスは、スターセイバーの髪を櫛で溶かして、窓の外を見る。窓の外は、セイバートロンの街並みがネオンライトで照らされている。ノヴァ・プライムがセイバートロンを統制した黄金時代。其処に全てがあった。冒険、理想、夢物語…それらは全て邯鄲の夢だ。ダイアトラスは、髪を下ろしたスターセイバーに、話しかける。
「お前は、私と共に来るか?と言ったら、来るんだろうな」
セイバートロン星を握っているのは、今や評議会の議員たち。陰謀、策略、血で血を流す争い…。ダイアトラスは、それに疲れていたのだ。ショックウェーブも、彼と共に反発をしているが――状況は悪化しつつある。だが、その悪化する世界情勢の時に、オライオン・パックスと言う希望が現れた――果たして、それは希望か絶望になりうるのか。やがて訪れる混沌に、息を呑もうとしていた。
「お前の言う理想は、夢物語に過ぎない」
現実を淡々と語るのは、紛れも無くスターセイバー自身だ。夢物語であるからこそ、自分自身は現実を見るべきだ。と鼻で笑った事がある。それがダイアトラス派であるとある議員の怒りを買ったのか、暴力沙汰になった事があるが――ダイアトラスは謝れとスターセイバーに迫っても、彼は決して謝りはしなかった。事実を述べただけだ。それが何が悪いのだ。と。今となっては思い出に過ぎない出来事であるが、どこか現実味を帯びていた。スターセイバーは、神を信仰しているが――その反面、現実主義者と言っても過言ではない部分を帯びている。果たして、彼の言葉は正しいのだろうか――ダイアトラスは、櫛で髪を梳かすのを留め、隣に座った。
いつか、最悪の事態に陥ったのなら――覚悟を決めて、セイバートロン星を出る。ウィングやアックスと共に、どこか遠い街で暮らす事が出来れば――平和のまま、死ねたなら。そういう風に考えている。だが、血で血を流す争いを知っている彼は違う。何処か、現実を見ているような言葉遣いだ。
「スターセイバー、約束する」
ダイアトラスは、何かに急かされている気がした。けれど、その違和感に振り向かず――ただ、これから起こる運命に、抗えない気配を感じ取った。それと同時に、ダイアトラスは声を殺し、言った。
「共に居よう」
それが結局、夢物語だったのは何時頃だろうか。クリスタルシティに籠り切ったダイアトラスと自分の小競り合いが、少なくないのは山々だ。それが決定事項となり、アックスすら自分を制止するようになった。自分は信頼されていない。だからクリスタルシティから出て行った。それなのに、夢物語が単なる夢物語に過ぎないと分かったのは――――彼を殺してからの事だった。
(結局、彼を殺した――それと同時に、片目を失った)
包帯を巻き、あのグレートソードを手にした落ち武者のような男にやられた目を、包帯で巻いた。出血はだいぶ収まったが、暫く動く事はままならない。あの落ち武者のような剣士は、プライマスを信仰しているが――仮に信仰しているに過ぎない。ただ、何かを守りたいと言う気配を感じた。自分にそれが出来たのならば、それがどうしても出来ない。ファーマもどうやらやられたようだ。タイレストも脱出を図ったようだ。ロックダウンは消息不明――混沌渦巻くルナ1の騒乱が、終わった。自分はこれからどうすべきかは、まだ分からない。ただ、ダイアトラスに現実を突きつけた――そして、結果的に殺したと言うのは、変わらない。変わる筈がない。包帯で巻いたガーゼから血が出ている。まだ失った片目から虚しさが湧き出る様な感覚であり、スターセイバーは静かにあの地から持ち運んだ彼の遺品と言うべきであろう――グレートソードを――優しく抱き締める様な形で手に取った。
共に居よう。それはもう出来ない夢の跡だ。だから、自分もいつか――彼の後を追おう。それが、自分にできる、最後の約束だった。