チケット






ダイゴの愛用するリムジンの座席は、高級な革で出来ている。ダイゴとミヤノはゆったりとそこに腰掛けていた。否、正確に言えばリラックスしているのはダイゴだけで、ミヤノは体を固くしてどうにも落ち着かない様子でダイゴの肩にもたれていた。せっかく綺麗にした爪を噛もうとしたミヤノをダイゴは優しく窘めた。シルクの滑らかなドレスを布に皴が寄るほどきつく握りしめるもう片方の手も外させて、"大丈夫"と囁く。ミヤノの顔がくしゃりと歪み、緊張で張り詰めた顔をこわばらせてダイゴに抱きつく。もちろん化粧がダイゴの礼服に付かないよう遠慮がちにではあったが、ミヤノは腕をきつくダイゴの体に巻き付けた。いつもはダイゴがいくら気にするなと言っても、いつまでもダイゴお抱えの運転手の目を気にするミヤノにしては珍しい。そこまでミヤノは追い詰められている。ダイゴが彼女を大きなパーティーに連れて行くのは初めてだ。最初はパーティーに出席すること自体嫌がっていたが、ダイゴとミヤノが真剣に結婚を考えるようになってからは小規模な
パーティーに出席するようになった。それも各個人の邸で開かれるようなほんのささやかなものばかりだったが、ダイゴは嬉しかった。ミヤノが随分パーティーに慣れて来た頃を見計らって、デボン主催の大掛かりなパーティーに連れて行こうとしているのだが、ミヤノはまるで初めてのパーティーのように既に固まっていた。

「もうすぐ着くよ」

「…」

「シャンパン呑む?」

「…いらない」

いつも綺麗なまま車内に取り残されるミヤノのグラス。ダイゴは自分のグラスを手に取り、底に少しだけ残ったシャンパンを呑んだ。控え目な炭酸が喉で弾ける。アルコール臭が鼻についたが少しも酔える気分でなかった。

「そんなに固くならなくても大丈夫だよ」

「怖い…」

「どうして?」

「私が、ダイゴの隣に立つのが許されなかったら、怖い」

「誰かに許されなければ、僕の隣に立ってはいけないのか?」

はっとミヤノは顔を上げ、ダイゴを見つめた。彼のコレクションの中にあっただろうか、良く磨かれたイエローがかったダイヤモンドの瞳がミヤノを映している。世界でも指折りの大企業の御曹子と、平凡な家庭の少女。不釣り合いで不格好だが、それが良いのだとダイゴは思う。

「本当にお前が愛した人と結婚すれば良い」

「…え?」

「親父の言葉。親父は良く分かってるよ。デボンが続く方法を」

デボンをここまで築き上げたダイゴの父親の言葉はダイゴの心を支えていた。それは息子を愛した父親の言葉であり、先代の言葉でもある。愛に飢えた人間が人を仕切る事など出来はしない。仮に父の言葉が無くとも、ダイゴはミヤノを選んでいただろう。今は亡きダイゴの母、つまり現社長夫人は、夫の愛を一身に受けダイゴを産んだ。病弱だった彼女はダイゴが成人するのを待たずして亡くなったが、ダイゴは彼女から受けた愛情をしっかりと覚えている。これは彼が成人の後に聞いた話だが、ダイゴの母も大企業には程遠い、矮小な会社の令嬢であったそうだ。社会的な地位だとか、世間体だとかは、彼や彼の父親にとっては障害にすらならない。

「だから、君は胸を張って僕の隣に居て」

そうして、君が僕に愛されてるって事を皆に教えて。
そう囁いてダイゴはすっかり渇いた彼女の唇にシャンパンで湿った自分の唇を重ねた。



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