コールド・コールド



肉や野菜をぐつぐつと煮込む。ダイゴが持つシンオウの別荘にやって来た時はいつもこれだ。冷えた身体を暖めるために、温かいシチューとパンと、あとこれらは時によってメニューが変わるがいくつかのおかず。御曹子なダイゴの家では私が料理なんて滅多に出来ないから、この時ばかりは張り切ってしまう。ダイゴの舌はというと、御曹子と言う割に肥えていないと思う。私のような一般人が食べるようなごく普通の食事でも彼は嘘無しに美味しい美味しいと喜んで食べる。もしかしてダイゴの家の料理は美味しくないのだろうかと以前心配をした事があったが、それもパーティーの料理で杞憂であったことがすぐに分かった。それでもダイゴは私の料理が好きだ。私が料理を作ると言えば子供のように喜び、シンオウでは二人で別荘の近所のスーパーに買い物に行く。ごく普通の恋人達のように。

「君を殺して僕も死ぬよ」

そんな、このシチューの素朴な香りに似つかわしくない台詞がキッチンに飛び込んできた。私が思わず味見のためのスプーンを取り落とすとダイゴはくつくつと楽しそうに笑った。この男は大人なのか子供なのかふと解らなくなる。浅黄色の髪の毛が揺れて、シルバーリングをいくつも着けた指がスプーンを拾い上げた。

「冗談だよ。さっきドラマでやってた。ありきたりな台詞だよね」

「…そうだね」

「今日もシチュー?」

鍋を覗き込み、その香りを胸いっぱいに吸い込んでダイゴが尋ねた。いい加減シチューばかりで飽きてしまうかと心配したがそんな様子は無い。やっぱりシンオウに来たらミヤノのシチューに限るよ、とシチューが掻き回される様子を眺めている。

「さっきの」

「…ああ、"君を殺して僕も死ぬ"かい?」

「びっくりした」

いきなり心中発言をされたら、誰でもびっくりするけど。

「けど、僕はかまわないよ」

ダイゴの今の台詞にも、びっくりだ。
そもそも私達は御曹子と一般人という身分差が有るわけだが周りにそれほど反対されている訳じゃないし、むしろうちの親なんかはデボンコーポレーションの御曹子と聞いただけで婚姻届を用意した。今だって駆け落ち要素も何も無しにただ二人きりで楽しく別荘に遊びに来ただけだというのに。ぐつぐつと野菜が煮える。

「シンオウに来るといつもこんな事思うんだ」

「こんな事って」

「ミヤノと消えてしまいたい、って。雪が沢山降った時はその一面真っ白な世界に二人で溶けてしまいたいと思うし、流氷の間に海が見えるとそこに沈みたいとも思う。ホウエンじゃそんな事考えも及ばないんだけどね」

ダイゴは一気に、噎せてしまうんじゃないかと心配するくらい一呼吸でそれを喋った。言い終えるとダイゴは"この気持ち言葉にするのは難しいけど、大体こんな感じだよ"と満足げに微笑む。ぐつぐつと肉が煮える。

「寒いと、人間は寂しいって思うらしいから、そのせいかも」

「そうだね」

「ダイゴ、寒いの?」

「平気だよ」

室内は十分温められていて、二重になった窓ガラスには水滴が沢山付着している。こうやって火の近くに居ると少し暑いくらいだ。

「けど、こうしていたいな」

私の腕を煩わせないようにダイゴが背後から抱き着き、お腹に手を回した。背中がダイゴの体温でじきに暖かくなる。

「愛してるよ」

耳元でそう囁かれ、真っ赤になっただろう顔や耳をごまかすために私はひたすらシチューを掻き混ぜた。もうシチューは出来ている。



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