仲直りは夢の中で





私の前でキレた事の無いヒョウタをキレさせたのは、紛れも無く私だ。反省はしている。しかし、一度壊れたものは完璧に同じものに直すことは出来ない。こんなことなら今日は一日寝ておくべきだった。それも後の祭、私はヒョウタの鋭い目から逃げるように目を反らした。見た先にあったのは私が壊した石。ヒョウタが大切にしていた石の中にはポケモンの頭蓋骨が入っていたようで、割れた今ではその頭蓋骨が剥き出しになっている。頭蓋骨に傷がいかなかったのは不幸中の幸いだったが、ヒョウタが許してくれる訳は無かった。仕事帰りでなにやら書類を大量に鞄に詰め、炭鉱の現場用の作業着のまま帰って来たヒョウタは、シャワーも浴びずご飯も食べず、ただ私を刺すように見つめている。

「ヒョウタ、お、怒って…るよね?ごめん」

「ごめん…?君はそれで、割れた化石が戻って来るとでも?」

「け、けど、中の化石自体は割れてないし」

「言い訳するんだ、ふーん」

完璧に怒っている。温厚なヒョウタも怒る時はけっこうあって、私がトウガンさんとメールしたり、ゲンさんと話したり、可愛い嫉妬のようなものを含めると両手では数えきれない。しかも、それらは全て私のために怒っている。しかし、今は違った。私のためでなく化石のため、その怒りは私に矛先を向けている。
今は何を言ってもヒョウタの気を逆なでするだけだ。ヒョウタが落ち着くまで、こちらからは喋らない。そう決め込んだ矢先、ヒョウタが口を開いた。

「…セックス」

「…え」

「セックス、したいなぁ」

疲れてるんじゃないのか、と目を見張ったが、どうやらヒョウタは本気らしい。最近仕事が忙しくて欲求不満なのは私も薄々感づいていたが、なにも今じゃなくても。ヒョウタは眼鏡の奥で欲情した光を揺らし、私の肩をとん、と押した。
されるがままに後ろのソファに座ると、ヒョウタは上着を脱いで隣に座った。汗で張り付いた黒いタンクトップの裾をを持ってぱたぱたとさせるヒョウタは一見いつものヒョウタだったが、目が笑っていない。

「…何してるの?」

「え?」

「僕に脱がさせるつもりかい?」

「…あ」

つまりは脱げ、ということだ。渋々立ち上がって部屋着のワンピースを脱ぎ、下着だけになる。ヒョウタの沈黙にこれではまだ足りないのだと感じ、ゆっくりと下着も取り去った。その間もヒョウタの視姦は続き、顔が発火するかと思った。再びソファに座ると素肌に毛の短いソファのふわふわとした感触がダイレクトに伝わり、冷房が少し寒い。

「ヒョウタ…」

「ミヤノ、これは"罰"なんだけど、そんなに期待されても困るよ」

「期待なんか!」

「してないって?嘘はダメ」

「ふ、やっ」

本当に期待してないつもりだったのに、身体は正直だ。ヒョウタが欲求不満であるのはすなわち私もそれであるという事を忘れてはいけなかった。すっかり反応した乳首を指で潰すように捏ねられて思わず声が漏れる。ヒョウタはさも面白そうに「へぇ」と口角を上げるとそれを執拗に続けた。

「ひゃ、あ」

私がソファに倒れ込むとヒョウタは私の上に覆いかぶさった。汗と土の臭いがしたが、ヒョウタのものだと思えばそれも不愉快でなくむしろ興奮材料になる自分に呆れた。

「っく、う…はぁっ!」

「ソファ汚れてるよ」

ヒョウタの手が私の足の間に割り込み、汚れる原因の液体が出る場所を指で掬った。ヒョウタの指は粘り気のある半透明な分泌物でしっとりと濡れていて、ヒョウタは私に見せるように糸を伸ばしたりしている。

「ひょ…たが、こんな事、するから…」

「僕のせいなんだ」

「…ごめ、んっ!」

ヒョウタは私の両足を抱えて自分の肩にかけると、まる見えになった私の穴に指をつき入れた。よく濡れているとはいえいきなり挿れられるのはきつい。指で私の中に円を描くように入口を広げ、二本、三本と指が増える。潤滑液が出るように親指でクリも弄りながらヒョウタは確実に私の膣内を埋めていく。怒っていてもちゃんと慣らしてくれるヒョウタは優しいのか何なのか。

「あ、ひあっ、あっ、あ、あっ、」

慣らすように指で激しく出し入れし、疑似の律動のように私を攻め立てる。最後に手首を利かせぐるりと中を擦られて、私は達した。

「は、あー…っ」

「ほら、そっち向いて」

ヒョウタは私から一度離れて立ち上がると、私を掴み起き上がらせ、ソファの背もたれに向かって身体を預けさせた。私の目にソファ越しのいつもと変わりないリビングが映る。真昼からリビングでこんなことをしているなんて元気にも程があるな、と怠い頭で考えた。ヒョウタに腰を捕まれ、尻を高く上げる。ひた、とそこに当たった感触にまさか、と身震いする。バックからなんて、した事ない。

「挿れるよ」

「え…ちょっ、待っ、あはぁっ!」

「きつっ…」

達して間もない身体にヒョウタを突き立てられる。あまりに突然な快感にがたがたと歯がぶつかる。意識を飛ばさないようにソファに爪を立てた。今までにないくらい奥に当たる。深く刺さる。
力任せに激しくしてみたり、中を擦るように大きく腰を揺らしたり、いつものヒョウタよりやや激しい攻め。結合部から頭のてっぺん、足の爪先にかけて痺れるような快感が浸透する。下腹の中がくすぐったいような異物感、臓器を突かれる感触にただ声を漏らしてヒョウタを受け入れる。

「あはぁ、い、いいっ、あっ、あっ」

「は…はぁ…っ」

切なげなヒョウタの吐息に当てられてきつく締めると、ダイレクトに感触が伝わった。軋むソファにしがみつき、ふと何かが足りない事に気が付く。十二分に与えられた快感に何が足りないのか、よく分からないのだが確かに何かが足りない。

「っふぁ、あっ…あ」

足りないのはなんだろう、と私が首をまわしてヒョウタを振り返ったところで気付いた。いつもと違う体位のせいで、ヒョウタの顔が見えない。つまり、キスが出来ないのだ。セックスになると雨のように降り注ぐヒョウタのキスが今日は一つもない。なるほど、これが私への"罰"か、と納得した。

「ひょ…たぁ…」

「なに」

「キス、キスっ…」

「だめ」

「あぅ、あ、ああ、い、じっ、わる、っ!」

「仕方ないなぁ」

ヒョウタは私の背中にぴったりと張り付き、項に唇を添えた。キスされるのかと待った私を襲ったのは鈍い痛み。ヒョウタの犬歯が私の首に食い込む。

「いっ、たぁ、あ!あっあ、そこ、いや!」

「お仕置きされて悦ぶ淫乱はこのくらいじゃないと感じないだろ」

「いや、いやぁ…」

「何が嫌なんだい。我が儘だな」

「くち…くちに、キスして…っ!」

「…お仕置きが終わったら、ね!」



***



初めての体位にすっかり意識を飛ばした彼女にもたれるように僕も一息吐いた。化石本体に傷はいかなかったし本当はそんなに怒っていなかったけど、つい酷くしてしまうのは彼女が好きだからだ。可愛い子ほどいじめてしまう、なんて、今まで好きになったのが化石くらいしか無かったから理解出来なかったけど今なら分かる。
とりあえず、重い体に鞭を打って後始末と洗濯をし、彼女の体を綺麗にしてからベッドに寝かせてやった。今日一度も触れなかった唇、少し渇いた彼女の唇に重ねるだけのキスをして、もう怒ってないよと囁いた。



***



私が覚えているのは一連の行為でソファが汚れてしまった事と、中に出された事だけだ。
すっかり日が暮れて目が醒めた時にはソファも私の体もヒョウタの服も綺麗になっていて、本当にあの行為があったのかと疑問に思った。しかし、机の上にタオルに包まれて置かれた化石が私のしたことを示している。

未だにソファで眠るヒョウタに一言謝ってから、そっとキスを貰った。



100825