可愛らしい悪戯
突然の雨に降られて、シャッターの閉まったショップの下で立ち尽くすミヤノは深いため息を吐いた。鬱屈とした彼女の気分を顕すには最適のそれだったが彼女自身が嫌になったのですぐに止めてしまったのだが。数分前から突如として降っている大雨は止む兆しは無く、ミヤノが居るのはこの町のメインストリートである通りだが、人っ子一人居ない。次に雨が弱まったらポケモンセンターまで走ろう、そう決めて、雨雲を睨んだ。
「ミヤノ」
心地好い澄んだテノールにミヤノが慌てて振り向くと、そこには緑色がかるビニール傘をさしたNが居た。彼もこの雨空の下に居るが、ミヤノとの明確な違いは傘を持っていたか否かだった。後者だったミヤノは前者のNと彼の腕の中のトモダチを羨む。緑色のふわふわとした柔らかそうな髪を少ししっとりとさせて、Nはこの天気に似合わない曇りの無い笑顔で「傘、無いの?」とミヤノに尋ねた。その言葉はただ純粋でもちろん厭味のつもりも無かったのだが今のミヤノには刺のようにつき刺さる。
「悪い?」
思わず口早に返してしまったミヤノだがその事をすぐに後悔した。彼に当たっても仕方ないのに。気分を害してしまったかもしれない。ところがNはそんな様子も無く「入れてあげようか?」と傘をミヤノに傾けた。
「でも、その子も居るし」
ミヤノが指したのはNに抱かれた彼のトモダチ。抱いたNの腕がスペースを取っていて、その隣にミヤノが入るのは難しいように思える。
Nは微笑みを浮かべ、腰からモンスターボールを取り出した。Nの指がボタンを押し込むと、カチ、という音と共に赤色の光線がトモダチに伸び、彼あるいは彼女はボールの中に消えていった。
「良いの?トモダチ…」
「こうすれば彼は確実に濡れないからね。けど、君は違うだろ?」
君はモンスターボールじゃ捕まえられないからね、と言ってNが空いた手でミヤノの腕を掴む。ぐいと引っ張って彼女を屋根の下から引っ張り出して、自分の傘の中に入れた。
「送るよ」
「…ありがとう。じゃあ、ポケモンセンターまで」
「もう少し遠くても良かったのにな」
「え」
「こっちの話」
ゆっくりとNが歩き始める。ミヤノの歩幅に合わせるように一歩一歩気をつけて長い足を運んだ。ミヤノはというと異性との相合い傘で気が気でない。しかも、少ししてミヤノの肩が少しはみ出している事に気付いたNがミヤノの肩を優しく抱き寄せた。雨音に負けないようにミヤノの耳に口を寄せて言う。
「これ、男女兼用だからあんまり大きな傘じゃないんだ。悪いけどもう少し寄って?」
ミヤノは返事をする事も出来ず、ただただ真っ赤になって俯いていた。そんな彼女を見てNは自然と笑顔になる。彼女に聞こえないように「すこしくらい、いいかな」そう言ってポケモンセンターの前を素通りした。
100929