咎を抱く


これの続き


私はしがない役人でございます。もうすぐ私も四十になりますが、今までお上の言われるがままに働き、先日はある罪人の番を与っておりました。そして私は、ある奇妙な体験をしたのです。
その四、五日程前の事です。武士の中でも指折りの名家の嫡男が、賎しい身分の女中と心中を謀ったのでございます。嫡男、確か、朱蓮という青年の首元には、女中に締められた跡がありありと残っておりました。赤く、まるで燃え盛る炎のように。その傍らに添って横たわっていたのは浅葱という女中。女は毒を飲み男の後を追ったらしいのですが、どうやら死にきれず、生きた屍となっておりました。廃人と化したその女の見張りを私が与ったのでございます。
とうとう明日は刑の執行日、となった夜の事でした。私は女を閉じ込めた部屋の前で、恥ずかしながら少しばかりうたた寝をしておりました。夢か現か、その狭間をさ迷っていた、月が雲に隠れた時。私は男の声を聞きました。

「迎えに来た」

朗々とした声でした。私は慌てて、部屋の中を覗き見たのでございます。本来なら部屋に入り、声の主を捕えるべきでございましょう。しかし完全な密室に突如として現れた存在は、魑魅魍魎、幽鬼の類としか思えなかったのですから。恐る恐る扉の隙間から様子を伺えば、そこには縛られた女の前に、外套を羽織った男が立っておりました。浅蘇芳にも似た美しい髪を持ち、横顔から窺える翡翠色の瞳や通った鼻筋はまさに眉目秀麗。首には罪人の証のような、猩々緋の首枷と鎖が嵌められておりました。私の魑魅魍魎に対する想像とは掛け離れた、優美な姿でございます。そして男は廃人となった女に語り掛けたのです。

「来世で結ばれる事は叶わないが、我等が永に共に居られる場所を地獄に見つけた。地獄に堕ちれば身を裂くような苦痛も伴う。それでも君は、来てくれるだろうか」

私は一瞬で男の正体を理解いたしました。数日前女と情死を謀った朱蓮その人であるという事を。朱蓮は大罪を犯し、地獄に堕ちてなお、伴侶とする女を迎えに来たのでございましょう。
生きる屍となったはずの女の目から一筋の泪が流れ、まるで息を吹き返したかのように幾度も頷きます。私は、女を捕らえなければという考えはとうの昔に忘れておりました。
朱蓮は女の縄を狐火のような炎で断ち切ると、女を抱き寄せ、自らも炎となって消えて逝きました。

それからの事はもう、あまり覚えておりません。ただ分かるのは、女の魂は男に連れて逝かれた事。刑罰として市中を引き回され、磔にされた女の死に顔は、それはもう晴れやかで美しかったのでございます。

処刑したお役人の方々も不思議がっておられました。女の首に男と同じ、首枷のような赤々とした手形が、死してなおいつまでも残っている事を。



101213