結露に気持ちをしたためました


現世パロ


「ぎゃあ!」

がく、と視界が揺れたかと思えば、私はよろけた自転車ごと電柱にぶつかってしまった。まさか…と自転車の後輪を振り返ると私の愛車のタイヤは見事にぺしゃんこだった。

(パンクしてるし…)

パンク防止液が「すみません」とばかりにタイヤから流れ出している。こ、この野郎…。頭上でカラスが私を馬鹿にするように飛び回った。今日は考えればもう今朝からついてなかった。電車は乗り遅れるわ定期は忘れるわ、返ってきたテストも悲惨だし一緒に帰るはずの友達は彼氏と帰っちゃうしもう最悪。
私はとりあえず、曲がったハンドルをどうにか直し、妙な音のする自転車を押し始めた。
私の家は学校からそれなりに遠い上、親は共働きで家には居ない。寒空の下、時折かじかむ手に息を吹き掛けながら歩き続ける。見慣れた景色はなかなか進んでくれず、日もあっという間に沈んで行く。暗くなった道をとぼとぼ歩く私の側に、白いミニバンがゆっくりと止まった。変質者かと驚いたが、見覚えのあるナンバーに怖ず怖ず運転手を覗き込む。すると先に運転席の窓が開いた。

「浅葱?なにやってんだお前」

「…あっ」

そこから顔を覗かせたのは、幼なじみの黒刀だった。辺りは薄暗いが目立つ白い髪、右目の火傷跡を隠すように着けた眼帯。それと低い声色ですぐに分かる。私より二つ年上の黒刀は大学生で、きっと今日の今の時間ならバイト上がりだろう。黒刀は私の悲惨な自転車を見て「あちゃー」と言い車から降りた。

「送ってやるよ。乗りな」

「自転車は」

「後ろ乗せれば良いだろ」

そう言って黒刀は私の返事より早く私の自転車をひょいと持ち上げ、ミニバンの後部席を倒した所に乗せた。乗れ、とばかりに黒刀が助手席を指す。「変な事したら妹にチクるよ」「するか馬鹿」。私がシートベルトを閉めるのを確認し、黒刀はアクセルを踏んだ。

黒刀の匂いのする車内で、私はたまに黒刀を盗み見た。運転は荒いが、慣れた風にハンドルを握る大きな手や、たまにサイドミラーを見る横顔は、いつものへらへらとした黒刀とは違う感じがする。うっかり見とれていた時信号が赤になり、黒刀がくるりとこちらを向いたので私は肩を跳ねさせた。

「どうした?」

「なんでもっ」

「ふーん」

「わっ!」

黒刀の手が伸び私の手を掴む。冷えきった私の手を温めるように握りこむ黒刀の手はとてもぽかぽかとしていた。

「冷えてんなー。なんか食って帰るか」

「う…うん」

にっ、と笑う黒刀に、心なしか頬も暖かくなった気がした。

(気のせいよ、気のせい)



101213