傾国の美貌を持ち、箏の音色のように澄んだ声、黒々とした艶やかな髪を数多の簪に纏わせて。母を描いた絵にはそう記されている。まるで、夢幻の天女を謳うかのような文句に私は呆れを通り越して笑った。あの響木様も惚れた女、廓に居る初老の女はそう言う。私はそんな、お伽話に出て来るような美女を母に持った事にやや引け目を感じていた。とびきり美しいわけでなく、歌や舞も並程度。一流の花魁にはまだまだ程遠い。英才教育を施されたというのに。

「おなまえ、愛されるにはまず、愛を知らなくてはね」

「はい。私も母さんのような、立派な大夫になりたいです」

幼い私がそう言うと母は僅かに微笑んだ、という記憶があった。





「おなまえ姉さん、おなまえ姉さん!」

「…あら」

「もう、姉さんったら、もう陽は落ちてますよ。今日は風丸様がいらっしゃるって言ってたじゃないですか」

そろそろ準備しないと、と春奈が私の肩を揺する。ああ、もうそんな時間。少しだけの午睡のつもりだったのに、どうやら熟睡してしまったようだ。怠い体を起こして、「湯を張って」と春奈に頼んだ。

「もう張ってあります。着物の用意はしておきますから、早く入っちゃってくださいね!」

「相変わらずしっかりしてるのね。じゃあよろしく」

春奈に後を任せ、私は風呂に向かった。そこには春奈の言った通りちょうど良い加減のお湯がたっぷりと張られていて、服を脱いだ私はそこにゆっくりと体を沈める。温まっていく体が私を徐々に覚醒へと導いた。今日の客は風丸一郎太。床入りも考えられる。

「…鬼道以外で緊張した事なんて、無かったのに…」





朱い提灯の明かりが遊郭の道を照らす頃、風丸は裏と同じ藍色の羽織りをしてやって来た。得意の人の良さげな笑顔を浮かべ、見世の前で待っていた私の手を引いて座敷に上がる。緊張しているのかしっとりと汗ばんだ手が何度も私の手を握り直した。(彼の手の汗が気にならなかったのは、私も緊張していたからかもしれない)

「馴染みになったら言おうと思ってた事なんだが」

「はい?」

出された料理も程々に、風丸は箸を置いて改まった様子で私を振り向いた。

「俺の前でその…廓言葉っての止めてくれないか?」

「どうして?」

「うん…どうしてっていうか…そっちの方が話し易いだろ?」

風丸がなぜそう言ったのか分からないが、私は"お言葉に甘えて"と廓言葉を止めた。

「これで良いかしら?」

「…ああ」

風丸は嬉しそうに。そしてどこか切なげに複雑な表情をして、私の猪口に徳利を傾けた。



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