遊郭には稀に男娼を扱う廓がある。この広い吉原にもそれは有り、私も道中で何度か目にしたことがあった。通常の廓とは明らかに違うその独特の雰囲気を毛嫌いする者も居るが、実を言うと私はあまり嫌いではない。雷花門とも親しい廓には私もたまに足を運んでいた。勿論男娼を買う為でなく、知り合いが居るからだ。

「久しぶり。ちょうど良かった、良い茶菓子を貰ってるんだ」

白く艶かしい手が私を部屋に招き入れた。それは腰まである眩しい金糸を簪に絡めながら頭から派手に垂らした、女のような風貌の男。彼は異国の血を引いているらしい亜風炉照美。
彼は私に境遇がよく似ている。お互い遊郭の外を知らないまま生きてきたのだ。それでも私達はこんなに明るく生きている。照美はといえば男娼でありながら花魁と呼ばれるまでになったのだ。持ち前の容姿だけではここまで上り詰める事は無かっただろう。彼が人一倍努力家であるのは昔馴染みの私が良く知っている。
私は照美が出してくれた茶菓子を摘みながら、聞こうと思っていた本題を切り出した。

「ねぇ、風丸一郎太って知ってる?」

そう、風丸の事だ。あの初っぽい反応や遊郭に来た記録が無い事に少し違和感を抱いた私は、彼は遊郭が初めてなのではなく女が初めてなだけで、男には手を出しているのではないか。そう思いここに来た。男娼屋に関しての事なら照美に聞くのが一番だ。

「…僕の馴染みじゃないのは確かだね。どんな男?」

「淡い青の髪で、橙の瞳、大名の子らしいんだけど、ここでの遊びが初めてにしては良い年だから」

「いくつくらい?」

「私やあなたと同い年か少し下、かしら」

「悪いけど、知らないね。そんなに若い人はあんまり来ないから」

照美はごめんね、と付け加えてお茶を口にする。

「…けど名前には少し、聞き覚えがあるな…また調べておくよ」

意味深な照美の台詞に私は目を細めた。





私は今夜も客を取った。
源田の無骨な指が私の輪郭を隅々までなぞっていく。常の温厚な笑みは何処へ行ったのか、獣のような欲を秘めた目が揺れた。長い睫毛が、整った顔に陰を落とす。ふぅ、と明かりを吹き消し、源田は私を布団に組み敷いた。

「久しぶりだからな。加減は無理かもしれん」

私の馴染み客の中でも指折りの甘く低い声に鼓膜が震えた。着物の袂から差し込まれた熱い手の平が私の体温を上げていく。

「源田、っあ…」

乱されていく襦袢を掻き抱き、私は源田に身体を預けた。彼の濡れた唇が私の首筋から臍までをじっくり滑って行った。擽ったい。
前戯も程々に源田の手が私の性器をまさぐる。脚を掴まれ抑えられては私はただ執着に震えるだけだった。淫猥な水音が部屋に響き、口淫されているのだと解った。源田はすました顔をしているが私は顔から火が出そうで。舌が近くの肉を解すように押し付けられる。

「あ、あっ、だ、めぇ…やっ!」

「後ろからが好きだよな?浮舟」

身体が反転し、源田に背を向ける。項に口づけられて喘いだのもつかの間、股にぬるりとした感触。
獣のようなこの姿勢は惨めだが結合がより深く、快感を感じる事が出来る。ぐ、と源田の性器が私を貫いた。

「ひっ、ん、っ!もっと、源田ァ!」



源田が帰った後、私は着物を身に纏い、座敷の窓格子の間から月を眺めていた。今夜は見事な満月が耀いて、私を照らしている。その様子に私はふと風丸を思い出す。付き合ってまだ日の浅い、馴染みでもない客。それでも私は彼に幾許ではあるが興味を持っていた。
風丸はまるで月だ。きっとまだ女を知らない、汚れの無い、満ちた月。それにただ照らされる私は一体何なのだろう。先程まで男に抱かれ、明日はまた違う客を取る。
相も変わらず輝き続ける満月とは裏腹に私の心は一つ小さな陰を落としていた。


101109