見慣れた赤毛、華やかな刺繍の入った橙色の羽織。鋭い翡翠の双眸。老若男女問わず見惚れるだろう、異人に近い繊細な顔立ち。廓がざわつくからすぐに分かる。彼が来たと。

「今夜も宜しくね」

ヒロトは目尻の吊り上がった細目をさらに細めて笑った。観音像のように穏やかで神秘的だが、心情はまるで読めない。私はこの男とそれなりに長い付き合いだが、彼の心を見たことが無かった。
もっとも、そんな所が好きなのだが。

「こちらこそ、ご贔屓に」

ヒロトに酒を注いで笑い掛ける。
吉良家は、日の本でも指折りの名家。今の将軍家とも血縁があり、将軍の従兄妹がヒロトの生母だ。
これは極秘情報だが、今のヒロトは影武者である。否、影武者と言うには語弊がある。実は数年前吉良家で刃傷沙汰が起きた。その際、本物の吉良ヒロトは深手を負い亡くなってしまった。幸いヒロトの母は当時実家である江戸に帰っていたから良かったものの、将軍家から娶った妻との間に生まれた嫡男を刃傷沙汰で死なせてしまったとなると吉良家は将軍に顔向けが出来ない。そこで当主の吉良星二郎は、年頃が近くヒロトに瓜二つの少年、今のヒロトを基山家から秘密裏に養子に迎えたのだ。
自分は替え玉だ、と私との初めての床入りの時、ヒロトは自ら私に打ち明けてくれた。一見冷たく見える眼に涙を浮かべて。
私はこの事を口外したこともするつもりも無い。花魁として一人の人間として、この事はそっとしまっておくべきだと思った。

「さぁ浮舟、もっと呑んで呑んで。あ、これ美味しいよ、食べる?」

「はい、いただきんす」

ヒロトが用意した食事は私の好物が並んでいる。その気遣いに有り難く箸を手に取った。





「すこし前、蘭の反物を手に入れたんだ。手触りが良いんだけどさ、君の肌には敵わないね」

「…口が上手ね、あ、はっ」

私の襦袢を掻き分けて直に乳房を揉みながらヒロトが言った。好きとか、綺麗、を時々呟きながらヒロトの手が進む。甘い吐息が身体を這う。細い、手入れの行き届いた手が私の脚の間に滑り込んだ。

「あっ…」

「いい?」

言葉を発する余裕も無く、こくこくと無言で頷いた。場数を踏んだ確実な技術。流石としか言いようが無い。
ヒロトの指が一本差し込まれた。探るように中を満遍なく蹂躙する。慎重に、押し広げるように指が徐々に追加され、滴る愛液が布団を濡らした。肩が奮える。

「ひっ、あっあ、あああ!」

「一度楽になると良いよ」

白熱。奥にある快楽の坩堝を刺激され、私は一度達した。頭がくらくらした。

「く、んんっ、ふぅ…っ!」

「ねぇ、俺も楽になりたいな」

膨張した性器を取り出しヒロトが囁く。私はそれに合意するように彼の背中に腕を回した、入口に熱があてがわれる。残った力を振り絞って「はやく」と呟くと直後に圧迫感を感じた。
奥へ奥へ自分の肉の中に他の生物の肉が入って来る不思議な感覚とそれに伴う悦楽。互いに高ぶりをぶつけあう情交。虚な視線が交差して、口づけ。

「っは、浮舟、浮舟、浮舟…っ」

「ヒロトぉ、ん、あ゛、ひっ!」

ぐ、と爪先に力が篭る。ふわ、と浮上するような錯覚に陥った。中を浸透していくヒロトの欲。紗の掛かったような脳内にヒロトの荒い息を感じながら眠りに就いた。



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