朱塗りの格子、仄光る提灯。私の街「吉原」。ここを牢獄と言う女もいるが、私はそうは思わない。慣れてみれば気ままで陽気な世界だ。
私の母は吉原でも名の売れた花魁であった。ある時身篭った母は、妊娠という事実から逃げる事無く私を産み落とすと、年を経ても傾城の美貌を持っていたらしい彼女は私が禿になる頃流行り病で惜しまれながら亡くなった。
私は母を、どうして私を産んだのか、と恨んでいる訳ではない。むしろ感謝しているのだ。母の愛したこの吉原に、一体何があるのか。私はそれを探す為に今を生きている。





「おなまえ姉さん、一見さんが来ましたよ」

私の禿、つまり花魁の世話役をしている少女が言った。名を春奈と言って、目がぱっちりとした可愛らしい子だ。孤児だったが、ここの廓の主、響木様に拾われてここまで育っている。しっかり者で、私は随分と世話になってばかりだ。
私の所に初めての客が来るのは随分久しぶりだ。最近は常連の相手ばかりしていたから、新鮮味を感じる。春奈が言うには良家の嫡男で、茶屋で既にかなりの金を私の揚げ代として落としているという。
私は新調した振袖や帯をいつもより派手に着付け、客の待つ座敷へ向かった。さて、どんな男か。

「ああ…貴女が浮舟。ヒロトに聞いた通りだ。噂に違わず美しいな」

私が驚いたのには客の若さだけではない、その容姿だ。女のように整った艶のある顔、淡白な青色の長い髪を凛々しく頭上で結っている。目は朱に近い橙、片目は髪に隠されて見えないがきっと同じ色だろう。上等そうな若草色の羽織りを着て私を待っていた。
年頃は私と同じか、少し下くらいだろうか。まだ幼さの残る首もとと声が私にそう思わせた。ヒロト、というのは私の馴染み客の一人。ではこの青年はヒロトの知り合いらしい。
初会では特に会話をしないというのが上位花魁の格。私は黙って上座に座り、その青年を盗み見ては値踏みした。

「俺は、風丸一郎太。大名風丸家の者です。見目は女のようだと良く言われますが、れっきとした男ですよ」

成る程、大名の息子か。当然、金を持っているはずだ。しかし態度に奢りはなく、礼儀もなっている。私は舌を巻いた。これは上客だ。
芸妓が何人も座敷に入って来て、様々な芸を始める。風丸はたまに酒を含みながらそれを見ていた。
品のある客が好きだ。生まれながら花魁になるため育てられた私は、禿としての長い修行期間を終えてやっと花魁として水揚げされた。だから格子ほど客層が広い訳ではなく、金持ちの大名や公家ばかりが私の客だがその中には名誉に奢り、つまらない男もちらほら居る。常連の中でも私の気に入りは先に言った基山や、吹雪くらいだろうか。
この風丸という男、佇まいも整然としていて、悪くは無さそうだ。
私は徳利を持ち、彼の猪口に近付けた。

「あ…ああ、ありがとう」

今まで黙っていた私が急に酒を注いだのに驚いたのか風丸は猪口を取り落としそうになりながら私の酒を受け取った。
にこ、と少し笑顔を浮かべてみせて、私は席を立った。初会にしては少し構い過ぎただろうかと思ったが、かなり豪勢な宴にしてくれたのだ。その礼としてなら良いだろう。
彼が裏を返すのが楽しみだ。



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